最新記事

シネマ

さらばCG、映画は人間だ

観客が特撮に慣れた今、映画界を救えるのは雰囲気やセリフに工夫を凝らした作品だ

2010年8月2日(月)15時12分
ジェレミー・マッカーター

努力賞? 『ナイト&デイ』はクルーズのとぼけた演技とディアスの魅力で笑わせてくれるが、次第に…… ©2010 TWENTIETH CENTURY FOX

 夏が来るたびに思ってしまう。特殊撮影のどこがすごいんだろう、と。CG(コンピューター・グラフィックス)技術が進めば進むほど、映画を見る側のワクワク感は薄れていく。これがジェームズ・キャメロンの『アバター』が退屈だった理由だ(理由の1つ、か)。

 ピクサーやスティーブン・スピルバーグの特撮映画や、アイデアはお粗末だが映像が素晴らしかった『スター・ウォーズ』新3部作を見てきた観客にとっては、キャメロンの3D超大作もそれほどの衝撃ではなかったらしい。

 しかしアメリカ人は常に新鮮な驚きを求める国民だ。だから夏になるたび、観客の度肝を抜こうとする映画が公開される。

 今やCGは当たり前の時代。そのため監督は、あえて在来の手法に磨きをかけて他作品との差別化を図ろうとする。結果がコメディーやドラマの復活だ。

 クリストファー・ノーランによる「バットマン」シリーズの『ダークナイト』には、派手なアクションやさまざまなバットマンの小道具が出てくる。しかしこの作品が私の記憶に刻まれているのは、悪人ジョーカー役のヒース・レジャーの怪演や、心がえぐられるような脚本のためだ。

 ノーランの新作『インセプション』(全米公開7月16日、日本公開7月23日)はレオナルド・ディカプリオ主演のスリラーだが、これも同じ路線を行っている。

 既に封切られた作品にも、「大作の公式」を破ったものが3つある。いずれもジャンルの壁を突き破り、俳優に凝った演技をさせ、セリフに磨きをかけるなどして、観客の心を捉えようと努めている。

アクションよりも演技

 まずは『ナイト&デイ』。主演トム・クルーズの熱演を見せつけられると思いきや、監督のジェームズ・マンゴールドはその予感を見事に覆す(日本公開は10月予定)。

 「そのドレス、素敵だね」と、クルーズはレモンイエローの服を着たキャメロン・ディアスに言って笑顔を見せる。このときクルーズは、ディアスが高速道路を猛スピードで逆走させる車のボンネットにしがみついている。

 2人がスペインの街の狭い道をオートバイで走るシーンでは、疾走する猛牛の大群に出くわす。ここでもクルーズはさりげなく言ってのける。「牛だな」。

 男と女を主役にした小粋なサスペンスはこれまでに数多くあった。ルーツをたどれば30〜40年代のコメディー『影なき男』シリーズに行き着くが、あれは特撮がなかった時代の作品だ。早い展開とたっぷりの内容が求められる今では、当時の手法は通用しない。

 『ナイト&デイ』の出だしは、クルーズがとぼけた演技で笑わせる。しかし次第に、『ミッション・インポッシブル』風の大味なアクションが幅を利かせ始める。

 ディアスの元気でユーモラスな持ち味も、映画の展開がスピードアップするにつれて見せ場が少なくなる(筋立てはクルーズが無限のエネルギー源を悪人から取り戻すというたわいないもの。悪人の外国語なまりもわざとらしい)。

 クルーズのアクションシーンはもう忘れてしまった(うまくできているが、どれもこれまで見てきたようなものだから)。

 もっとも、薬を飲んでもうろうとしたディアスがクルーズと逃げ回る場面はしばらく覚えているだろう。映画の冒頭と同じように楽しくてチャーミング。夏のアクション大作にありがちなシーンを巧みにちゃかしている。

 娯楽映画に新風を吹き込むには、あえて演技派を起用するのもいい。例えば08年の『インクレディブル・ハルク』のエドワード・ノートン、最近では『プリンス・オブ・ペルシャ 時間の砂』のジェイク・ギレンホール。どちらも興行成績は振るわなかったけれど。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

中国4月鉱工業生産、予想以上に加速 小売売上高は減

ワールド

訂正-ポーランドのトゥスク首相脅迫か、Xに投稿 当

ビジネス

午前の日経平均は反落、前日の反動や米株安で

ビジネス

中国新築住宅価格、4月は前月比-0.6% 9年超ぶ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇跡とは程遠い偉業

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 6

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 7

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 8

    半分しか当たらない北朝鮮ミサイル、ロシアに供与と…

  • 9

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 10

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中