最新記事

知的財産

研究所にしかないはずの愛媛の高級かんきつ、中国が勝手に生産 日本への視察団が堂々と盗んでいた

2023年1月13日(金)12時25分
窪田 新之助(農業ジャーナリスト)、山口亮子(ジャーナリスト) *PRESIDENT Onlineからの転載

「中国人の視察団が帰ると枝が切り取られていた」

愛媛県はこれまで、育種や栽培技術の開発を担う「果樹研究センター」や「みかん研究所」において、中韓から数多くの視察団を受け入れてきた。ただ、種苗がこれだけ無断流出しているというのに、視察団の受け入れ体制は隙だらけだったようだ。

県によると、一団体当たりの視察者は10~20人であることが多い。一方で、対応する職員は通常1人に過ぎない。

職員は、県が開発したかんきつを植えている園地に案内する。園地は広く、枝葉が茂っているため、職員の目が行き届かないところがある。そんなときに盗みが起きる。

「愛媛県の職員の話では、中国人の視察団が帰った後、枝が切り取られているのに気づいたということでした」

こう証言するのは愛媛県のかんきつ農家。中韓の視察団が愛媛県内の農家を視察して、そこでも無断で枝を折って、持ち帰ったという話も聞いている。

持ち帰った枝を自分の産地で接ぎ木をすれば、簡単に増殖できる。この農家自身も「苗を人に譲り渡したいから売ってくれないかという連絡が来たことはある。連絡をしてきた人も、譲り渡す先が県外ということまでしか知らず、どこの誰なのか把握していなかった。もちろん、断った」と話す。

なお、愛媛県は知的財産の流出を防ぐ観点から、10年ほど前から原則として海外の農家や農業団体の視察を受け入れていない。

種苗の持ち出しを手がけるブローカーの存在も指摘されていて、その情報は農水省にも届いている。外国人と思われる人物が種苗の販売業者に連絡をして、たどたどしい日本語で、種苗について細かな問い合わせをしてくることがあるという。

中国は国家的に種苗の流出に加担している

こうした流出には、往々にして海外の現地行政が関与しているから厄介だ。農水省系の学術研究団体である「公益社団法人 農林水産・食品産業技術振興協会(JATAFF)」の調査報告は、韓国におけるそうした実態を伝えている。日本のかんきつの導入とブランド化が進んでいる済州島を2014年に調査した際、現地で育種を手がける公的機関が、「今までは品種保護の法律がなかったので、日本から持ってきて接ぎ木して増やした」と認めた(「平成25年度東アジア包括的育成者権侵害対策強化委託事業かんきつ調査報告」)。

中国で広まった「愛媛38号」でも、その普及に現地の行政がかかわっていた。百度百科は、丹棱県以外の産地にいかに普及したかも紹介している。2017年には「中国農業科学院」の「かんきつ研究所」が福建省で導入し、目覚ましい成果を上げたという。

中国農業科学院というのは、国直属の農学分野の研究機関。つまり、産地化には国の意向が反映されていたことになる。本書では後に詳述するが、中国は国家的に、種苗の知的財産権の侵害を放置しているどころか、侵害に加担している事実が散見される。

中国でのシャインマスカットの栽培面積は日本の約29倍

この問題が厄介なのは、日本の優良な種苗のうち無断で流出したのはかんきつだけではないからだ。農研機構が育成したブドウ「シャインマスカット」や、静岡県が育成したイチゴ「紅ほっぺ」の種苗が中韓で無断で販売されているなど、その例を挙げればきりがない。

社団法人や研究機関などで構成する「植物品種等海外流出防止対策コンソーシアム」は2020年9月、「中国、韓国のインターネットサイトで、日本で開発された品種と同名またはその品種の別名と思われる品種名称を用いた種苗が多数販売されている事例が明らかとなった」と発表した。イチゴ、サツマイモ、かんきつ、リンゴ、ブドウ、ナシ、カキ、モモなどで36品種が確認されたという。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米5月PPI、前月比0.2%下落 昨年10月以降で

ワールド

西側に「最大限の損害」を、制裁報復を呼びかけ=ロシ

ワールド

凍結資産活用「大きな痛手伴う」、ロシアが西側に警告

ビジネス

米テスラ、欧州で中国製EV値上げへ EUの追加関税
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:姿なき侵略者 中国
特集:姿なき侵略者 中国
2024年6月18日号(6/11発売)

アメリカの「裏庭」カリブ海のリゾート地やニューヨークで影響力工作を拡大する中国の深謀遠慮

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 2

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車の猛攻で、ロシア兵が装甲車から「転げ落ちる」瞬間

  • 3

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を締め上げる衝撃シーン...すぐに写真を撮ったワケ

  • 4

    カカオに新たな可能性、血糖値の上昇を抑える「チョ…

  • 5

    毎日1分間「体幹をしぼるだけ」で、脂肪を燃やして「…

  • 6

    国立新美術館『CLAMP展』 入場チケット5組10名様プレ…

  • 7

    長距離ドローンがロシア奥深くに「退避」していたSU-…

  • 8

    ジブリの魔法はロンドンでも健在、舞台版『千と千尋…

  • 9

    ウクライナ軍がロシアのSu-25戦闘機を撃墜...ドネツ…

  • 10

    【衛星画像】北朝鮮が非武装地帯沿いの森林を切り開…

  • 1

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思っていた...」55歳退官で年収750万円が200万円に激減の現実

  • 2

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車の猛攻で、ロシア兵が装甲車から「転げ落ちる」瞬間

  • 3

    認知症の予防や脳の老化防止に効果的な食材は何か...? 史上最強の抗酸化物質を多く含むあの魚

  • 4

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開する…

  • 5

    堅い「甲羅」がご自慢のロシア亀戦車...兵士の「うっ…

  • 6

    カラスは「数を声に出して数えられる」ことが明らか…

  • 7

    「クマvsワニ」を川で激撮...衝撃の対決シーンも一瞬…

  • 8

    毎日1分間「体幹をしぼるだけ」で、脂肪を燃やして「…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃が妊娠発表後、初めて公の場…

  • 10

    我先にと逃げ出す兵士たち...ブラッドレー歩兵戦闘車…

  • 1

    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に

  • 2

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 3

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 4

    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が…

  • 5

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 6

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しす…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 9

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思ってい…

  • 10

    我先にと逃げ出す兵士たち...ブラッドレー歩兵戦闘車…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中