最新記事

政治

本質なきTPP論争の不毛

賛成派は第2の開国と言い反対派は第2の占領と言う両極端な議論は、世界中で「社会の知性」が崩壊しつつある象徴だ

2011年12月15日(木)16時10分
ピーター・タスカ(投資顧問会社アーカス・インベストメント共同設立者)

総動員 TPP交渉参加に反対する東京の集会に集まった農民たち(10月26日) Yuriko Nakao-Reuters

 不毛な議論とはこのことだろう。賛成派はそれを第2の開国と呼び、改革と成長の原動力だと言う。反対派はアメリカによる2度目の占領にも等しいと言い、日本特有の商慣行に対する「陵辱」を許すなと息巻く。野田佳彦首相が先週「関係国と協議に入る」と表明した環太平洋経済連携協定(TPP)交渉のことだ。

 昨秋、当時の菅直人首相が初めてTPPへの参加検討を持ち出したとき、民主党は政権交代を勝ち取る原動力となったマニフェストを「廃棄処分」にしている最中だった。農家への戸別所得補償制度で食糧自給率を上げるというのもその1つだ。

 代わりの公約を必要とした菅のために補佐官や官僚がひねり出したのが、「社会保障と税の一体改革」とTPPだ。菅の後を継いだ野田も、TPPを公約の中心に据えようと考えた。

 ところがTPPの実際の経済効果となると、利益も不利益もごく些細なものでしかなさそうだ。農業分野では、コメなどの重要な作物が関税撤廃の例外扱いにならない限り、日本政府がTPPに合意するはずはない。

 それほど重要でない農産物に対する影響も、80年代に自由化された牛肉やオレンジへの影響ぐらいだろう。生産者は輸入品にシェアを奪われたが、消費者やハンバーガー店は値段が下がって得をした。

 工業製品はどうか。TPP参加国の中で最大の市場であるアメリカの関税は既に十分低いので、撤廃されても日本製品の輸出が有利になるわけではない。

 そもそも、日本国外ではTPPにほとんど関心は払われていない。賛成と反対の議論の応酬がこれほど過熱しているのは日本だけだ。

 賛成派と反対派の認識にこれほど開きがあるのはなぜか。それには相互に関連し合った2つの答えがある。2つの答えが示しているのは、変化を起こす力としての政治が崩壊しつつある現実だ。

本当の問題を隠す「煙幕」

 第1に、TPPは貿易とは無縁の問題の象徴になった。知的にどちらの「チーム」に属するかという二元論の象徴だ。巨人ファンか阪神ファンか、マンUかバルセロナか──自由貿易か保護主義か。

 それは、長年たなざらしにされている夏時間導入に関する議論に似ている。省エネ効果の冷静な分析より、感情的反対論が根強い理由を尋ねても具体的な答えは返ってこない。それは、夏時間の導入が省エネの問題から世界における日本の地位の問題にすり替わっているからだ。特に戦後の一時期、日本に夏時間を導入したのがアメリカの占領政策の一環だったことが感情的なしこりになっている。

 こうした問題は、チームの団結を強め、うっぷんを晴らす対象として役に立つ。メディアやメディア受けする学者を含む政治エリートは、TPP交渉がどちらへ転んでも大したことではないという暗黙の了解の下、さも国益を案じているかのような顔で議論を戦わせている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米サステナブルファンド、1─3月は過去最大の資金流

ビジネス

北京市、国産AIチップ購入を支援へ 27年までに完

ビジネス

デンソー、今期営業利益予想は87%増 合理化など寄

ビジネス

S&P、ボーイングの格付け見通し引き下げ ジャンク
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 5

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 6

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 7

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中