最新記事

政治

本質なきTPP論争の不毛

TPP Is Not the Issue

賛成派は第2の開国と言い反対派は第2の占領と言う両極端な議論は、世界中で「社会の知性」が崩壊しつつある象徴だ

2011年12月15日(木)16時10分
ピーター・タスカ(投資顧問会社アーカス・インベストメント共同設立者)

 不毛な議論とはこのことだろう。賛成派はそれを第2の開国と呼び、改革と成長の原動力だと言う。反対派はアメリカによる2度目の占領にも等しいと言い、日本特有の商慣行に対する「陵辱」を許すなと息巻く。野田佳彦首相が先週「関係国と協議に入る」と表明した環太平洋経済連携協定(TPP)交渉のことだ。

 昨秋、当時の菅直人首相が初めてTPPへの参加検討を持ち出したとき、民主党は政権交代を勝ち取る原動力となったマニフェストを「廃棄処分」にしている最中だった。農家への戸別所得補償制度で食糧自給率を上げるというのもその1つだ。

 代わりの公約を必要とした菅のために補佐官や官僚がひねり出したのが、「社会保障と税の一体改革」とTPPだ。菅の後を継いだ野田も、TPPを公約の中心に据えようと考えた。

 ところがTPPの実際の経済効果となると、利益も不利益もごく些細なものでしかなさそうだ。農業分野では、コメなどの重要な作物が関税撤廃の例外扱いにならない限り、日本政府がTPPに合意するはずはない。

 それほど重要でない農産物に対する影響も、80年代に自由化された牛肉やオレンジへの影響ぐらいだろう。生産者は輸入品にシェアを奪われたが、消費者やハンバーガー店は値段が下がって得をした。

 工業製品はどうか。TPP参加国の中で最大の市場であるアメリカの関税は既に十分低いので、撤廃されても日本製品の輸出が有利になるわけではない。

 そもそも、日本国外ではTPPにほとんど関心は払われていない。賛成と反対の議論の応酬がこれほど過熱しているのは日本だけだ。

 賛成派と反対派の認識にこれほど開きがあるのはなぜか。それには相互に関連し合った2つの答えがある。2つの答えが示しているのは、変化を起こす力としての政治が崩壊しつつある現実だ。

本当の問題を隠す「煙幕」

 第1に、TPPは貿易とは無縁の問題の象徴になった。知的にどちらの「チーム」に属するかという二元論の象徴だ。巨人ファンか阪神ファンか、マンUかバルセロナか──自由貿易か保護主義か。

 それは、長年たなざらしにされている夏時間導入に関する議論に似ている。省エネ効果の冷静な分析より、感情的反対論が根強い理由を尋ねても具体的な答えは返ってこない。それは、夏時間の導入が省エネの問題から世界における日本の地位の問題にすり替わっているからだ。特に戦後の一時期、日本に夏時間を導入したのがアメリカの占領政策の一環だったことが感情的なしこりになっている。

 こうした問題は、チームの団結を強め、うっぷんを晴らす対象として役に立つ。メディアやメディア受けする学者を含む政治エリートは、TPP交渉がどちらへ転んでも大したことではないという暗黙の了解の下、さも国益を案じているかのような顔で議論を戦わせている。

ニュース速報

ビジネス

多くのメンバー、「比較的近い」利上げ適切と認識=F

ワールド

中国の人工島、地対空ミサイル配備用とみられる構造物

ビジネス

日産も月末金曜午後3時退社を推進、時差のある海外に

ワールド

前香港政府トップに有罪判決、在任中の不適切行為で

MAGAZINE

特集:北朝鮮 暗殺の地政学

2017-2・28号(2/21発売)

異国の地マレーシアで殺害された金正男──。その死の背景には北朝鮮をめぐる地政学の変化があった

人気ランキング

  • 1

    日本でコストコが成功し、カルフールが失敗した理由

  • 2

    「ペンス大統領」の誕生まであと199日?

  • 3

    オルト・ライト(オルタナ右翼)の寵児、「小児性愛OK」発言で転落

  • 4

    金正男殺害を中国はどう受け止めたか――中国政府関係…

  • 5

    金正男氏を「暗殺者に売った」のは誰か

  • 6

    金正男暗殺、北朝鮮大使館2等書記官も容疑者 マレー…

  • 7

    金正男暗殺事件、マレーシア首相が北朝鮮を暗に批判…

  • 8

    金正男暗殺で、また注目される「女性工作員」

  • 9

    日本が低迷する「報道の自由度ランキング」への違和感

  • 10

    日本の伝統的食材こうじの魅力に世界のシェフが夢中

  • 1

    金正男氏を死に追いやった韓国誌「暴露スクープ」の中身

  • 2

    日本でコストコが成功し、カルフールが失敗した理由

  • 3

    金正男殺害を中国はどう受け止めたか――中国政府関係者を直撃取材

  • 4

    金正男の暗殺事件で北朝鮮の男を逮捕 謎の男の正体…

  • 5

    金正男暗殺事件、マレーシア首相が北朝鮮を暗に批判…

  • 6

    海上自衛隊、18年度から4年間で新型護衛艦8隻建造へ

  • 7

    「ペンス大統領」の誕生まであと199日?

  • 8

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 9

    一般市民まで脅し合う、不信に満ちた中国の脅迫社会

  • 10

    金正男の遺体は北朝鮮引き渡しへ 真相は迷宮入りと…

  • 1

    金正男氏を死に追いやった韓国誌「暴露スクープ」の中身

  • 2

    トランプを追い出す4つの選択肢──弾劾や軍事クーデターもあり

  • 3

    日本でコストコが成功し、カルフールが失敗した理由

  • 4

    金正男殺害を中国はどう受け止めたか――中国政府関係…

  • 5

    日本でもAmazon Echo年内発売?既に業界は戦々恐々

  • 6

    東芝が事実上の解体へ、なぜこうなったのか?

  • 7

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 8

    マティス国防長官日韓訪問に中国衝撃!――「狂犬」の…

  • 9

    トランプ、入国制限に反対の司法長官代行を1時間後…

  • 10

    金正男クアラルンプール暗殺 北朝鮮は5年前から機…

グローバル人材を目指す

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

日本再発見 「日本の新しいモノづくり」
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版 臨時増刊

世界がわかる国際情勢入門

絶賛発売中!

STORIES ARCHIVE

  • 2017年2月
  • 2017年1月
  • 2016年12月
  • 2016年11月
  • 2016年10月
  • 2016年9月