最新記事

ブラジル経済の第2ステージ

ルラ後のブラジル

新大統領で成長は第2ステージへ
BRICsの異端児の実力は

2010.09.28

ニューストピックス

ブラジル経済の第2ステージ

ルラ大統領のもと安定成長を実現したブラジル経済、今後は安定重視から成長重視への段階的なシフトが必要だ

2010年9月28日(火)12時00分
ルチル・シャルマ(本誌コラムニスト、モルガン・スタンレー・インベストメント・マネジメント新興市場責任者)

[2009年4月21日掲載]

 世界的な経済危機の衝撃で、多くの国は意気消沈している。だが、ブラジルでは陽気な日々が続いている。もちろんブラジルも無傷ではない。この5年間平均約4%の成長を誇ってきた経済も09年はスローダウンする見通しだ。資本の流れも滞り、信用の収縮が続いている。

 だがこれまで何度となく危機に見舞われてきたブラジルでは、今回の事態も「以前にも同じようなことがあった」と受け止められている。今回は外国発の危機でブラジル国内に原因があるわけではないことも、人々に安堵感を与えているようだ。

 ブラジル国内のこうした空気を最もよく反映しているのが、ルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ大統領の人気だろう。80%近い記録的な支持率で、現在の世界で最も人気の高い指導者のはずだ。

 高い支持率は、ルラ自身が国内経済の成長鈍化をアメリカのせいにし、過去5年間の安定を自分の手柄にしているせいでもある。
だが東ヨーロッパやアジアの新興国と比べて、今回の危機に対するブラジルの反応が大きく異なる理由は他にもある。

 多くの新興市場が成長最優先の政策を取ってきたのに対して、ブラジルはこの10年間、安定を最優先事項にしてきた。

5年おきの危機から脱却

 ブラジルにはそうしなければならない理由があった。80年以降、ブラジルは5年おきに何らかの危機に見舞われてきたからだ。

 前回の02〜03年の危機では、巨額の対外債務から市場に不安が広がった。これ以降、政府はドル建て債務を削減し、巨額の外貨準備を積み上げてインフレ期待を抑制、目覚ましい発展を実現した。政府の政策はインフレ抑制と社会プログラムへの支出拡大など、安定確保に焦点が絞られてきた。

 その結果、80年代と90年代は年2%だった経済成長率は、03〜07年には年4%近くまで拡大した(それでも平均7%という他の途上国の成長率と比べれば控えめだ)。

 持続可能な成長を実現するには何より安定が重要だが、ブラジル経済の場合、商品市場の好調がなければその目標達成は難しかっただろう。なにしろ鉄鉱石や大豆といった一次商品は、ブラジルの輸出高の55%を占める。

 もともとブラジルの輸出高はGDP(国内総生産)比15%程度と、格別大きな割合を占めるわけではない。だが過去20〜30年間のデータを見ると、ブラジル経済の成長率が年2%前後を大きく外れる場合は、商品市場の動向が影響していることが多いことが分かる。

 実際、ここ数カ月商品価格は急落しているが、過去20年の平均価格と比べると大幅に上回っており、これが世界的な経済危機の影響をある程度緩和している。

 またブラジルはロシアや中東諸国のような他の商品輸出国ほど高い成長率を実現してこなかった。このため、世界的な貸し渋りの影響も少なくて済んだ。

 政府には今年返済を繰り延べしなければならない巨額の債務はない。企業も過剰な借金に頼った設備投資は控えてきたから、財政状況の大きな悪化は見られない。

思い切った経済構造改革を

 つまりブラジル経済は好況と不況の波が大きい経済から、こうした安定性の高い経済に転換したと言っていい。

 これまで長い間新興市場の落ちこぼれと見られてきたブラジルだが、これからは(とりわけ他の商品輸出大国と比べて)バブルが起きてははじけるといった悪循環を避けることができるだろう。

 だが安定を実現するという控えめな野心のままでは、ブラジルはいつまでも中程度の国から脱却できない。ブラジルの政治家は安定の達成で満足するのではなく、ブラジルをより速い成長軌道にのせることを考える必要がある。

 過去20年間、ブラジル企業は法外な税率に苦しめられてきた。このため国内全体の生産性向上率は年平均1.5%とおそろしく低かった。政府はGDP比37%という巨額の財政支出をまかなうため、途上国としては極端に高い税率を維持せざるをえなかったのだ。

 また安定を確保するための措置が次々取られる一方で、減税や複雑な労働法の改正といった経済構造改革はほぼ放置されてきた。起業家精神を解き放ち、経済の長期的な成長を促すには、こうした改革が不可欠だ。

 ブラジルは安定確保という勝利の栄光に浸るのをやめて、成長という飛行機をより高く飛ばす努力しなければならない。さもなければブラジル経済は今後も、商品価格に支えられてまあまあの成長をとげる経済であり続けるだろう。

 そして商品価格がもっと下がれば、ブラジルが誇る安定さえも脅かされかねない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ドル一時153.00円まで下落、日本政府は介入の有

ビジネス

米国株式市場=まちまち、FOMC受け

ビジネス

FRB、金利据え置き インフレ巡る「進展の欠如」指

ビジネス

NY外為市場=ドル一時153円台に急落、介入観測が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 6

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 7

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 8

    パレスチナ支持の学生運動を激化させた2つの要因

  • 9

    大卒でない人にはチャンスも与えられない...そんなア…

  • 10

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中