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2009.08.03

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『ワイルドバンチ』

恐怖と高揚感を呼ぶ殺戮シーンの美学

2009年8月3日(月)13時10分

 賞金稼ぎに追われながら、メキシコへ流れていく無法者の一団を描いたサム・ペキンパー監督の『ワイルドバンチ』。今でこそウエスタンの古典と称されるが、公開当初は評価が真っ二つに分かれた。

 とりわけ問題だったのは残酷な映像。当時の観客は文字どおり度肝を抜かれた。人間の死の瞬間がこれほど執拗に、しかも官能的にスクリーン上で表現されたことはなかった。脚本家のデービッド・ウェデルが書いたペキンパーの伝記『動いたら、撃ち殺せ!』によると、試写会では映像に耐えられなくなった観客が30人ほど逃げ出し、何人かは路上で吐いたという。

 ペキンパーは殺し合いのシーンに、撮影速度を変えた6台のカメラを使用。こうしてスローモーションを駆使したリアルで幻想的な世界が生まれた。

 ペキンパーが突き付ける残酷シーンを目にすると、観客は震えと同時にある種の高揚感を抑え切れなくなる。人の心の奥底には血への渇望があると、ペキンパーは信じていた。複雑に錯綜した彼のバイオレンス観を土台に描き出された死。その衝撃的な美しさを、私たちは認めないわけにはいかない。

 ウエスタン映画から善悪の二元論を払拭したのもこの作品だ。ウィリアム・ホールデンをボスとする流れ者の一団は強盗を企てるが、ロバート・ライアン率いる賞金稼ぎたちの待ち伏せに遭う。何の関係もない人々まで巻き込んだ壮絶な銃撃戦には、もはや正義も悪もない。登場するのは悪漢と、多少ましな悪漢だけだ。

 しかし冷笑的な姿勢に隠された「男のロマン」は、アウトローを忘れ難い存在に変える。この作品の熱烈な支持者がほとんど男であることや、マーティン・スコセッシやウォルター・ヒルなどペキンパーに心酔する監督が例外なく「男の映画」の作り手なのもうなずける。

 もっとも、この作品には欠点もある。メキシコの小さな村で男たちが過ごす場面は感傷的過ぎるし、笑い声も芝居がかっている。

 しかし、この映画を簡単に忘れられる人などいるだろうか。『ワイルドバンチ』には別れの調べがある。その悲しい響きは心に染み入り、消えようとしない。

 死を予感しながら破滅へ突き進む男たちの年輪を刻んだ顔。彼らは英雄でも悪漢でもない。第一次大戦直前という1つの時代の終幕に居合わせた、ただの男たちだ。彼らに安息をもたらすのは死だけだった。

[1995年3月22日号掲載]

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