コラム

有名民主活動家のセクハラにも沈黙する、中国のメディア...とても「中国的なMeToo運動」の内実とは?

2023年07月10日(月)13時43分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)
#MeToo

©2023 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<天安門事件の学生リーダーのセクハラ問題に中国の官製メディアはそろって沈黙。一見不思議だが、実は非常に中国的な理由だった>

中国語の「民運圏」とは、主に中国国外に存在する民主化運動組織のこと。近頃、この「民運圏」内部で民主化運動のリーダーや、有名な人権派弁護士によるセクハラや性暴力の告発が広がっている。

最も注目されたのは、かつて天安門事件の学生リーダーだった王丹(ワン・タン)のケースだ。今年の天安門事件34周年記念日の直前に告発が拡散され、「政治的な意図ではないか」という疑いも持たれたが、教壇に立っていた台湾の清華大学が、事実解明に至る前に雇用手続きを取りやめた。

2017年にアメリカから広がったMeToo運動は、翌18年に中国で広がり、さまざまな業界にセクハラが蔓延していることが判明した。だが、「中国の特色ある政治体制」のせいで、中国におけるMeToo運動は、どこかいびつになっている。

政界など体制内の告発は、ほとんどがうやむやのうちに葬られた。典型的なのは、女子テニス選手の彭帥(ポン・シュアイ)が元副首相の張高麗(チャン・カオリー)から性的暴行を受けた件だろう。彭はSNSでの告白以来、今も安否不明だ。

一方、中国の社会公益組織はMeToo運動によって崩壊した。90年代に始まった中国の社会公益活動には、理想主義者のエリートたちが集まった。

彼らは貧しい山村の子供たちに無料の給食を与え、低収入家庭に無料の法律的サポートを提供した。高い道徳心を持ち、普通の人々から品格がある人だと思われやすい彼らの性的加害事件が次から次へと告発され、ずっと応援してきた人々は「信心の大崩壊」を起こした。

今回も同じだ。中国政府の人権無視を批判する民主活動家や人権派弁護士自身が、他人の人権を無視する性加害者だった――もし彼らが中国の新しい権力者になったら、今の共産党より清潔、賢明だろうか。そう疑問を持つのは当然だ。

「民運圏」のセクハラ問題に対して、中国の官製メディアはそろって口をつぐんでいる。一見不思議な沈黙だが、実は非常に中国的である。「敵」の存在を国民に知らせないため、たとえ不祥事であっても報じさせない。

その甲斐あって、今の中国の若者は王丹が誰かを知らない。MeToo運動による「民運圏」の自滅を見て、共産党指導者はほくそ笑んでいるだろう。

ポイント

民運圏のセクハラ
男性に対してキスを強要したなどと告発された王丹だけでなく、アメリカにいる人権活動家の滕彪(トン・ビャオ)や、作家の貝岭(ベイ・リン)が台湾女性からセクハラを暴かれた。

彭帥
2021年に張高麗からの性的関係強要をネットで告白。告白文は20分後に削除され、消息不明になった。22年に仏紙の取材で被害や告発自体を否定したが、その後の消息は伝えられていない。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

欧州の銀行、前例のないリスクに備えを ECB警告

ビジネス

ブラジル、仮想通貨の国際決済に課税検討=関係筋

ビジネス

投資家がリスク選好強める、現金は「売りシグナル」点

ビジネス

AIブーム、崩壊ならどの企業にも影響=米アルファベ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 3
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 10
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story