コラム

元・天才少年が耐え忍ぶ理不尽...中国政府に「都合が良かった」不幸な人生とは

2022年08月16日(火)17時34分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)
中国治安維持(風刺画)

©2022 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<中国のネット社会で大きな話題となっている「二舅」の動画。不幸と不公平に耐えるその姿は、社会で高まる不満を和らげたい政府にとっても好都合だった>

「二舅」(アルチウ、母方の2番目のおじ)という動画が最近、中国のSNS上で話題になっている。

中国北部の農村に住む「二舅」は子供の頃から勉強が得意な村の天才少年だった。しかしある時、村のヤブ医者が打った注射のせいで片足に障害が残り、大学進学の夢も失われた。得意の大工仕事で村の人気者になったが、片足の障害のせいで66歳の今も結婚できず、88歳の母親の世話をし、それでも誰も訴えず、何の文句も言わない。

その生活ぶりを見て、大都会の北京に暮らす撮影者の「私」は癒やされた。苦労続きの二舅と比べてずっと幸せではないか......。

この話は中国政府が唱える「正能量」にぴったりで、官製メディアでも積極的にシェアされ、公開された動画サイトのbilibili(ビリビリ)では再生回数が4000万回を超えた。後に内容の間違い(二舅の障害は注射ではなくポリオが原因)を指摘されたが、今もネットで広く見られている。

ゼロコロナ政策が招いた経済低迷、企業倒産、若者の失業......そして普及したコロナ監視アプリと常態化したPCR検査が人々を精神的に圧迫している。経済と精神の貧困は社会不安を引き起こす。社会の安定のためには、二舅のような自己の不幸と社会の不公平に耐える「人生の模範」が必要だ。

人災に遭ってもその原因を徹底的に究明することなく、沈黙と我慢を美徳として謳歌することは長く「中国式」であった。2008年の四川大地震の時、「豆腐渣工程(おから工事)」の校舎によってたくさんの未成年の被害者が出ても、政府の官僚やメディアはただ「人民よ、奮起せよ」と叫んで、今なお手抜き工事について何の究明も説明もない。

もちろんするはずがない。徹底的に究明すれば、全体主義体制こそが全ての人災の根源だと人民に暴かれ、政権に対する不満と憤怒を引き起こし、最終的に政権を倒す革命が起こるからだ。

それを避けるためには、苦難を甘受する「人生の模範」が必要である。二舅のような社会のどん底に暮らし、全く発言権がない弱者の沈黙と我慢を「中華民族の美徳」として礼賛することは、政権にとって最も低コストの「維穏(治安維持)」対策だ。人民も洗脳され、ますます統治しやすくなる。

ポイント

二舅
正式なタイトルは『回村三天,二舅治好了我的精神内耗(村に帰った3日間で、おじさんが僕の精神的消耗を癒やしてくれた)』。制作者は北京在住の歴史教師。

正能量
英心理学者が著書に書いた「Positive Energy」という言葉を中国政府が採用。政府の不正などマイナス情報でなく、政府の功績やいい話を強調するキャンペーンが2013年に始まった。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ダウ平均、一時初の4万ドル突破 好決算や利下げ観測

ビジネス

金融デジタル化、新たなリスクの源に バーゼル委員会

ワールド

中ロ首脳会談、対米で結束 包括的戦略パートナー深化

ワールド

漁師に支援物資供給、フィリピン民間船団 南シナ海の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇跡とは程遠い偉業

  • 3

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃のイスラエル」は止まらない

  • 4

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 5

    半分しか当たらない北朝鮮ミサイル、ロシアに供与と…

  • 6

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 7

    2023年の北半球、過去2000年で最も暑い夏──温暖化が…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    仰向けで微動だにせず...食事にありつきたい「演技派…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story