コラム

軽減税率適用を懇願する新聞・出版の低姿勢

2015年10月21日(水)17時30分

 財務省案の還付案については軒並みこきおろしていた新聞各紙だが、軽減税率導入への流れに向かうと、そのこきおろしをすっかり弱めている。安倍首相は2017年4月の10%への消費税率引き上げについて「リーマンショックのようなことが起これば別だが、予定通り行なう」と語っている。「新三本の矢」の「2020年度をめどにGDPを600兆円」に代表されるように、目標値についてはいたずらに具体値を挙げるものの、税率据え置きの可能性については「リーマンショックのようなこと」と漠然とした言い方に留める。

 新聞各紙はこの漠然とした言い様に突っ込むべきだが、5%から8%への増税が個々の家計に与えた影響を精査せずに、10%に増税することをすっかり許容し、「軽減税率の導入で不透明・不公正さを増すような制度設計は許されない」(朝日新聞・10月18日)と社説を締めくくる。2015年8月度の新聞ABC部数によれば、この1年で朝日が約47万部、読売・約13万部、毎日・約6万部、日経・約4万部、発行部数を減らした(産経のみ約2000部減のほぼ横ばい)。消費増税は長期の低落傾向にさらなる追い打ちをかけるだろうから、軽減税率の適応を受けて8%におさえておきたい気持ちは十分に理解できる。しかし、万が一、その姿勢が紙面への躊躇として滲んでいるのならばいただけない。

 しょっちゅう雑誌を買う生活をいまだに続けているが、それらの雑誌のいくつかが、日本書籍出版協会による、本と雑誌に軽減税率の適用を求める広告を掲載している。他国では出版物に軽減税率が適用されているという事例を並べ、日本でも適用するべきだと訴えかける。個人的にも大賛成なのだが、2014年の出版販売金額が1950年に統計を開始して以来最大の落ち込みとなった理由について「原因ははっきりしています。昨年4月に5%から8%に引き上げられた消費税の影響です。(中略)私たちは大いに危惧しています。子どもたちが全国どこでも等しく本に触れられる環境が破壊されることを!」となかなか情緒的な文章が記されていて、さすがに素直には頷けない。消費税増税は確かに大きな痛手となったが、「原因ははっきりしています」と、それだけに背負わせるように断言していいのか。

 このままでは書店が無くなってしまう、だからこそ10%導入時には出版物に軽減税率を是非、という論旨は分かる。しかしその前に、8%引き上げの影響を精査し、消費税増税の害悪について徹底的に論証し報じるべきではないのか。引き上げたことで書店が潰れた、本が売れなくなったという断言が、「10%にするときはまずは僕らを優先的に除外してほしい」という懇願にスムーズにスライドしているだけならばいただけない。「リーマンショックのようなこと」がなければやります、という曖昧な姿勢を示していることを突つかずに、目の前にぶらさげられた軽減税率というニンジンに素直にパクつこうとしているのではないか。もっと根本から疑義を呈するべきである。

プロフィール

武田砂鉄

<Twitter:@takedasatetsu>
1982年生まれ。ライター。大学卒業後、出版社の書籍編集を経てフリーに。「cakes」「CINRA.NET」「SPA!」等多数の媒体で連載を持つ。その他、雑誌・ウェブ媒体への寄稿も多数。著書『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)で第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。新著に『芸能人寛容論:テレビの中のわだかまり』(青弓社刊)。(公式サイト:http://www.t-satetsu.com/

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ガザ休戦交渉難航、ハマス代表団がカイロ離れる 7日

ワールド

米、イスラエルへ弾薬供与停止 戦闘開始後初=報道

ワールド

アングル:中国地方都市、財政ひっ迫で住宅購入補助金

ワールド

岸田首相、「グローバルサウスと連携」 外遊の成果強
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表...奇妙な姿の超希少カスザメを発見、100年ぶり研究再開

  • 4

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 5

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 6

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 9

    マフィアに狙われたオランダ王女が「スペイン極秘留…

  • 10

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story