コラム

前代未聞のトランプ節税問題と奇妙な擁護論

2016年10月04日(火)12時20分

 この巨額のマイナスは、以降毎年の申告に繰り越すことが可能となっており、おそらくは以降18年間かかって「損失の償却」をしている間は、そのマイナスを分割して繰越すことで、毎年の収入はチャラになり、連邦所得税(国税)は、ほとんど払わずに来ているということが濃厚だというのです。そして、本人とその周囲も否定はしていません。

 ところで、このスクープ記事を書いたスザンナ・クレイグ記者が、一体どうやって「トランプの確定申告書を入手」したのかというと、自分のメールボックスに「トランプタワー発」という匿名の封筒があり、その中に確定申告書のコピーが入っていたというのです。何ともミステリアスな話であり、まるで陰謀渦巻くテレビの政治ドラマのようです。

 いずれにしても、このニューヨーク・タイムズの記事が出たところで、関係者も読者も「これは大ニュースだ。ようやくトランプの凋落が始まるぞ」と思ったのは間違いありません。というのも、アメリカは「納税義務」には大変に敏感な国だからです。ですから、大統領候補が長い間、連邦所得税を払っていないらしいというのは、通常の選挙であれば、超弩級のスキャンダルになります。

 ところが、ここで再びミステリアスな流れが生まれます。トランプの「納税ゼロ」が暴露されたにも関わらず、トランプ支持派を中心に「税制を熟知していて究極の節税をしているトランプは天才だ」という擁護論が出てきているのです。

【参考記事】トランプ、キューバ禁輸違反が発覚=カジノ建設を検討

 そのロジックは何とも奇妙です。「トランプは確かに税金を払っていない」とした上で、そのトランプが「これではいけない」と言って「富裕層の租税回避ルール」を改革すると言っている「その主張は見事」だという理屈なのです。

 一見、屁理屈のように見えますが、これを大真面目に言い続けると、それなりの効果があるようで、週明けの時点では「納税ゼロ問題」については、それほどのダメージになっていないようです。

 ヒラリーは、「そもそも一年で9億ドルの損失を出す人間が、どうしてビジネスの天才なのか?」と言って批判しており、それは確かにそうなのですが、当初考えていた「トランプが納税していないことがバレたら命取り」という目論見は、まんまと外れてしまった格好です。

 このエピソードについて、各メディアは面白おかしく伝えています。ですが、前述の通り、アメリカという国の基本的な価値、つまり「納税の義務」に根本的に挑戦してきたような人物が、そのことも含めて人気を集め、大統領に就任する可能性を残している現在の状態は異常です。

 国の基本的な価値が揺らいでいると言っても過言ではなく、こうなると候補本人だけでなく、視聴率稼ぎのために選挙報道を「エンタメ化」しているアメリカの各メディアにも大きな責任があると言えるでしょう。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

FIFAがトランプ氏に「平和賞」、紛争解決の主張に

ワールド

EUとG7、ロ産原油の海上輸送禁止を検討 価格上限

ワールド

欧州「文明消滅の危機」、 EUは反民主的 トランプ

ワールド

米中が閣僚級電話会談、貿易戦争緩和への取り組み協議
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 2
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い国」はどこ?
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 5
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 6
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 7
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 8
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 9
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 10
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 1
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 2
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 8
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 9
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story