コラム

「健康問題」と「罵倒合戦」で脱線気味の大統領選

2016年09月16日(金)15時40分

 1つは選挙のテクニカルな側面です。今回の選挙戦が特殊なのは、「トランプかヒラリーか」ということで迷っている層が限りなく少ないと思われる点です。ということは、選挙戦の焦点は、

「相手の消極的支持層を棄権させる」
「自分の消極的支持層を投票に来させる」

ということに絞られます。そして、ヒラリーの場合は、この2つのグループに届くメッセージとしては「さすがにトランプではダメ」という単純なものが効くという判断があるのだと思います。徹底した「罵倒作戦」に傾斜しているのには、そのような冷静な計算があるのだと思います。

 2つ目はもっと露骨な計算です。政策を訴えることは公約をすることです。公約というのはまさに「公の約束」ですから、当選後の政策を「縛る」ことになります。つまり、公約をしないで当選したほうが政策の自由度は上がるわけです。

 例えば、ヒラリーはおそらく、イランの無害化、ロシア・トルコの影響力の囲い込みなどを通じてISISを封じ込め、イスラエル=パレスチナ和平を数年後には遠望するような軍事外交政策を持っていると思われます。ですが、それを公に掲げるつもりはないようです。

【参考記事】東アジアにおける戦略関係の転換期

 それは、現在のアメリカ世論が「これ以上、中東のトラブルに巻き込まれたくない」という強い感情論に支配されていることを考えると、決してアピールにならないという点もあります。同時に、当選後のことを考えると「立派で具体的な政策」には縛られたくないという考えもあるからだと思います。

 そんなわけで、ヒラリーは一向に「政策論争」をやる気配はありません。こうした変則的なことが続くと、今度は「積極的支持層と思っていた層まで棄権する」リスクが増大する可能性があります。9月26日の第1回テレビ討論を控えて、そろそろ方向転換が必要な時期が来ています。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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