コラム

巨大ハリケーン「サンディ」接近、気になる選挙への影響

2012年10月29日(月)10時30分

 それにしても、10月末に巨大ハリケーンが米国東北部に来るというのは滅多にあることではありません。色々な異常気象が世界中で報告されている昨今ですが、それにしても不思議な現象だと言えます。

 まずこの「サンディ」ですが、キューバの南、カリブ海で発生していますが、キューバの東部を南から北へ縦断し、「ハリケーン銀座」のバハマ諸島を通過したところで様子がおかしいことが分かりました。この時期のハリケーンは、通常は東に進路を変えて大西洋上に去っていくのが普通なのですが、ゆっくりと北上を続けているのです。

 そこで先週の木曜日(25日)頃から、2つの説が並行して報道されました。米国の気象解析ソフトを使ってシミュレーションすると恐らくは大西洋上に去っていくというのですが、最近は的中確率が高いと言われている「ヨーロッパモデル」の解析手法を使うと、急に「左旋回」をして、ニュージャージーからペンシルベニアを直撃するというのです。

 原因は、大陸を西から東に進んできている温帯低気圧の影響だというのです。つまり、寒冷前線を伴い、背後に寒気を抱えることでエネルギーを維持している大陸の温帯低気圧が、大西洋上のハリケーンを「引っ張りこむ」というシナリオです。最終的には温帯低気圧とハリケーンは、ペンシルベニア州からニューヨーク州にかけての地域で「合体」して強力な温帯低気圧になりながら「居座る」という可能性が指摘されています。

 もう1つ驚いたのは、キューバからバハマの洋上では、ハリケーンといっても中心気圧が970とか965ヘクトパスカルというレベルにとどまっていた「サンディ」が、北上とともに発達して、本稿の時点ではノースカロライナ沖にあって、952ヘクトパスカルまで来ているのです。この季節でありながら、海水温が高めであるのと、上空の寒気との温度差で成長しているのでしょうが何ともイヤな感じがします。

 そんなわけで、現在私たちは警戒態勢にあるわけですが、投票日まで1週間強に迫った大統領選にも影響が出そうな雲行きです。週末には、ミシェル・オバマ夫人がニューハンプシャーへ、バイデン副大統領が地元のデラウェアで、また共和党のミット・ロムニー候補はバージニアでの遊説を計画していましたが、全てキャンセルになっています。

 では、仮にこのハリケーンが米国東北部に深刻な被害をもたらした場合は、選挙への影響はどうなるでしょう? 2つの理由から、オバマ大統領に有利になるのでは、そう見ることができます。

 1つには、昨今の米国の選挙では(日本でもそうですが)投票日前の期日前投票が盛んですが、この期日前投票に関して言えば、民主党の方が圧倒的に熱心だと言われています。仮に被害が大きくなり、投票率が低下するようですと民主党が有利になるかもしれません。勿論、顕著な影響があるようですと、各州の共和党が善処を要求して泥仕合になる可能性もありますが、そこまでの影響でなければということです。

 もう1つは、こうした自然災害で大きな被害が出た場合には「小さな政府論」の共和党には不利に働くということがあります。顕著な例としては2005年のハリケーン「カトリーナ」が対策の不手際もあって、ブッシュ政権凋落のきっかけになった例があります。

 ちなみに、ハリケーンの進路に当たる、私の住むニュージャージーの知事は、共和党のクリス・クリスティ氏ですが、クリスティ知事は「ニュージャージーの州民には成熟した対応を望む」として、州政府や市町村の支持に従った避難や必要な対策には協力して欲しいとして「こういう非常事態にバカな行動は慎んでもらいたい」と言っています。

 ですが、その一方で、「このバカな行動には過剰反応や、行政への過剰な期待や依存も含まれる」として、市民の自制を求めていました。「小さな政府」という思想と、危機管理という行政実務の「折り合いの付け方」という意味で興味深い姿勢ではありますが、果たして被害を最小限に抑えることはできるのでしょうか。

 大統領選に話を戻しますと、今回は、特に両者の接戦となっている「スイング・ステーツ」の中で、バージニア州が大きな影響を受けそうです。ロムニー陣営は、勝利のためにはこのバージニアを抑えることが必須だとしていますから、大変に注目がされるところです。

 いずれにしても、ハリケーンはまだゆっくりと北上しており、陸地へ向けての「左旋回」はしていません。ですが、これから20時間後ぐらいに、徐々に大きな影響が出てくるものと思われます。私達の地域でも警戒を強めていかなくてはなりません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

9月の米卸売在庫、0.5%増 GDPにプラス寄与か

ワールド

タイ首相、議会解散の方針表明 「国民に権力を返還」

ワールド

米印首脳が電話会談、関税導入後3回目 二国間関係な

ワールド

トルコ中銀が150bp利下げ、政策金利38% イン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキャリアアップの道
  • 2
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれなかった「ビートルズ」のメンバーは?
  • 3
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア空軍の専門家。NATO軍のプロフェッショナルな対応と大違い
  • 4
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 5
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 6
    受け入れ難い和平案、迫られる軍備拡張──ウクライナ…
  • 7
    「何これ」「気持ち悪い」ソファの下で繁殖する「謎…
  • 8
    ピットブルが乳児を襲う現場を警官が目撃...犠牲にな…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    「安全装置は全て破壊されていた...」監視役を失った…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 10
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story