コラム

少子化問題その根源を問う(第3回)

2012年06月01日(金)12時47分

 日本の少子化の背景には、男尊女卑があると思います。

 多くの企業においては、女性を戦力としてまだ100%は期待していないし、そのために優秀な女性を産休や育休からの復帰後に最速のキャリアパスに戻す仕組みは一部の専門職以外は機能していません。家庭においては、男性の家事参加が全くと言っていいほど進んでいません。そうした現象の背景にあるのは、男尊女卑の考え方であることは疑い得ないでしょう。

 では、日本における男尊女卑とは何なのでしょうか? 男性が女性より体力・知力・胆力において優位である、つまり男性の強さが確立している社会ということなのでしょうか?

 逆だと思います。男性が強いのではなく弱いのです。男性が体力・知力・胆力において女性に比べて脆弱なのです。もう少し正確に言えば、個々の男性というよりも、社会全体として「男性の脆弱性が許容され放置されている」のです。ここに大きな問題があります。

 例えば、共働き家庭の場合に「俺は電気のついていない暗い家に帰るのはイヤだ」という男性はまだ多いようです。「嫁のくせに息子より毎晩帰宅が遅くて困る」などと「嫁いびり」をする姑の話も一般的です。これは一見すると、「格下」の女性が先に帰宅して夕食を整え、風呂を沸かして旦那を待つべきという「男が権力を行使している」カルチャーに見えますが、要するに愛情に飢えているから暗い家に先に帰るのがイヤなだけと考えれば、男性の弱さを象徴した話だと見ることができます。(長時間労働の害悪の話は別問題とします)そんな「ひ弱さ」を抱えているのであれば、育児という重労働の一方を担うのは難しいことになります。

 似たような話では、理系の研究者とか、博士号を授与された女性、東大卒の女性などを結婚相手として嫌がる風潮があります。これも「男性のほうが学歴が上でないと格好がつかない」という表層の下には、「自分より社会的に高学歴の女性をパートナーにすると、男性(や親族)の側の浅薄な自尊心が折れてしまう」という「脆弱」の証明なのだと思います。身長の高い女性がコンプレックスを感じてしまうというのも、同じことです。「女より背が高くないとイヤ」という男性の情けないほど脆弱な精神の反映でしょう。

 日本の中の上ぐらいのホテルでは、男性がフロント対応をして、ベルのサービスは女性が担当し、重いスーツケースのハンドリングなどは全部女性などという場合があって、天と地が引っくり返るぐらいの違和感を感じることがあります。これも、単純労働の部分を格下の女性に担わせているというよりも、客層の多くが国内の中高年の男性客であって「ストレスを抱えた出張時に、荷物を若い女性が運んでくれると何となくホッとする」的な、セクハラというには淡い、しかしいかにも精神の脆弱なカルチャーがそこにはあり、サービス提供の側としてはツボを押さえようという作戦なのだと思います。

 いわゆるDVや「連れ子」虐待の問題も、横暴な男性というのは強いのではなく、ブラックホールのような弱さを抱えているのです。DVの問題に関しては、被害者の女性を正義として加害者を断罪するという形での抑止はもう限界に来ており、加害の側にある脆弱性をどうカウンセリングしてゆくかという段階に来ていると思います。虐待の問題も、女性の愛情を独占したい男性が、女性の「連れ子」と愛情の取り合いをして嫉妬と敵意が暴走するというのは、その男性が精神的に子供以下の脆弱性しか持ち合わせていないことの証明でしょう。巨悪ではなく、犯罪的なまでの矮小性ということです。

 もっと言えば、新幹線の車内で赤ん坊の泣き声がすると露骨に不快感を顔に出すとか、妻の出産後にいわゆる「セックスレス」になってしまうとか、性的な表現が社会で野放しになっているとか、日本特有のカルチャーの背景というのは、男性側の強さというより脆弱性というストーリーで説明すべき問題と思うのです。

 では、日本の男尊女卑カルチャーの責任は「弱い男性」にあるのかというと、それだけではないようです。女性の側にも、「男性の弱さ」を甘やかしたり、利用したりという文化が顕著にあるのだと思います。権利を主張しがちな女性と、守旧派的な女性の間での対立が激しいのも、後者から見れば「男性が弱いものだということは自明なのに、どうして傷に塩を塗るようなことをするのか、同じ女性として恥ずかしい」という一見するともっともらしい理屈からダークサイドに行ってしまう、その結果として「女性同士がまとまらない」ことで男尊女卑が野放しになるということもあると思います。

 こうした「脆弱な男性カルチャー」は、どこから来たのでしょう? 表面的には儒教の男尊女卑が持ち込まれる中で形骸化したというのが大きいのだと思います。その他にも、農耕社会では元来は男性は弱者だとか、劣等意識に歪んだままで西欧文明の摂取を続けた毒が回ってキリスト教文明へのアンチが増殖したとか、説明としては色々なことが言えると思います。ですが、分かったような説明をしても、どうにもならないことには変わりません。

 では、具体的にはどういった対策が必要なのでしょうか? 日本の男尊女卑に関しては、ここまで問題が深刻なのですから「クォータ制」、つまり要職や大学の定員等の一定数は女性とするように法的な規制をかける必要があると思います。政府として「2020年までに政治家・公務員・管理職・役員・大学教授等指導的立場にある者の30%を女性にするという目標」を掲げている以上(2010年の第3次男女共同参画基本計画)何らかの強制的な措置がされても構わないと思います。

 クォータ制そのものに関しては、相当な抵抗が予想されると思いますが、ストレートな方法を突きつけるということは、面倒な理念的な議論を深めるという効果もあるわけで、やはり実効性のある提案を先に出すことが必要と思うのです。議論が深まる中で、日本流の男尊女卑が「男性の脆弱性」への甘やかしであるということが明らかになり、「愛情を与える側」という強さの一旦を男性が担うようになれば、深層の部分から少子化トレンドを変えることもできるのではないかと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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