コラム

2012年大統領選、混迷の要因は「スーパーPAC」にあり

2012年01月25日(水)11時35分

 共和党の大統領候補者選びは、ここへ来て混迷を深めています。中道候補としてアイオワ州の党員集会とニューハンプシャー州予備選を「連勝」して勢いをつけたミット・ロムニー候補ですが、21日(土)のサウスカロライナ州予備選では、ライバルのニュート・ギングリッチ候補に大敗を喫しました。勝ったはずのアイオワ州も再計算では2位になっています。来週の1月31日に予定されているフロリダ州でロムニーが負けるようですと、益々混戦ということになりそうです。

 サウスカロライナ州でのギングリッチ候補の突然の上昇(サージ)ですが、要因は2つありました。1つは先週にこの欄でお話をした、ロムニー候補が「確定申告書の開示を渋った」ことと、にも関わらず「自分の税率は約15%」ということで「利子や配当などの不労所得」が多そうだという印象を持たれたことがあります。

 もう1つは、予備選の直前にABCテレビがギングリッチ氏の前夫人(彼は2回離婚して、今は3人目の奥さんなのですが、その2番目の奥さんだった人)のインタビューを行なって、ギングリッチ氏が90年代に不倫(今の奥さんが相手)が発覚した際に「これからはオープンマリッジ(束縛のない結婚)」にしようと持ちかけ、つまり「浮気を公認せよ」と迫ったという「証言」をした件です。

 実は直後のTV討論会で司会役のCNNのジョン・キング記者が、冒頭でこの問題を取り上げ、ギングリッチ候補にコメントを求めたのでした。そこでのギングリッチ候補の「反撃」はなかなかの見物でした。「コメントはノーだが、イエス、私にも言わせてもらおう」と鮮やかに切り出したギングリッチ氏は「誰にでも痛みの経験があるし、誰にでも大切な家族がいる。家族と共につらい経験を乗り越えた人間に対して、メディアがこうした暴露を続けるならば、善良な人間は選挙の洗礼を経て公職の責任を担うことは不可能になる」と畳み掛けました。

 そもそも「予備選の数日前に口に出すのも憚られるような内容をインタビューする局があり、その上でこの下らないゴミのような話題を他でもない、大統領候補討論の冒頭に持ってくる。ジョン、あんたがやっているのはそういうことだ。分かったかジョン」とキング記者にド真中の速球を投げ込んだのでした。この「一発逆転」のパフォーマンスが「直前」だっただけに利いたということがあると思われます。

 その後ですが、23日の月曜になって、ロムニー候補は「2010年の確定申告書」と「2011年の確定申告書の仮計算」を公表しましたが、大統領選に専念していたこの時期に、2年間合わせて4300万ドル(約33億円)の所得があり、税率は14%という内容でした。正直なのは良いのですが、何も働かなくても33億、しかも税率は明らかに「資産性所得」のものというのは、やはりダメージとしては大きいと言われています。明らかに「庶民とは接点のない人」ということになるからです。

 さて、今回の選挙ですが、ここまでネガティブキャンペーンが激しくなっている背景には、「スーパーPAC」という団体の問題があります。PAC(パック)というのは、以前からあった制度で、連邦や州レベルで「誰でもが政治的な行動を行うために作ることが許されている団体」という意味です。例えば、大統領候補を応援したいという場合に、本来の候補者への献金とは別に、その人を応援するPACがあれば、そこに献金しても良いというものです。

 このPACですが、個人の献金限度額は5000ドル(38万5千円)という規制があったのですが、2010年に最高裁判決が出て、個人の政治的活動の自由を優先するという立場から、限度額が原則廃止になっています。以降のPACのことをスーパーPACというのです。

 今回は、このPACが「スーパー化」した初めての選挙戦ということであり、とにかく有力候補にはその応援団としての「スーパーPAC」がガッチリついているのです。この資金力を使って何をするのかというと、「相手候補の中傷」です。というのは、PACには中立性が法的に要求されているのですが、それを逆手に取ることで、どんなにヒドい中傷キャンペーンをやっても、候補者本人は「知らん顔」ができるからです。

 ギングリッチ候補の離婚問題、ロムニー候補の資産問題など、同じ共和党同士とはとても思えない中傷合戦がエスカレートする背景には、この「スーパーPAC」があるわけです。ちなみに、面白い動きとしては、「共和党支持者の保守派」というキャラを演じてその裏にリベラルなメッセージを潜ませるという「話芸」で大人気のコメディアン、スティーブン・コルバートが、冗談で「コルべー・スーパーPAC」というのを作って、「スーパーPAC」が横行する政治状況の全体を笑い飛ばそうとしているという話もあります。

 オバマ陣営にも、支持者の間での絶大な人気は続いているので同じような「スーパーPAC」があって、本選目指して着々と資金を集めています。現在の共和党はこの「オバマ系のスーパーPAC」に対して、自分たちの方から中傷のネタを必死で提供しているという構図もあるわけです。いずれにしても、CM放映料という札束が乱舞する中で、このままロムニーとギングリッチの中傷合戦がエスカレートしてゆけば、益々オバマが有利になるでしょう。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)、『アメリカモデルの終焉』(東洋経済新報社)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

ニュース速報

ワールド

ベネズエラ野党指導者2人、反政府デモで負傷

ワールド

英の対テロ戦略に欠陥、監視国家に向かう恐れ=国連報

ワールド

プーチン露大統領はイスラム国以上の脅威=米共和党マ

ワールド

EUトルコ首脳会談、新たな合意ないが雰囲気は良好=

MAGAZINE

特集:得する中国、損する日米

2017-6・ 6号(5/30発売)

北朝鮮問題で習近平を「忖度」するトランプ。世界はますます中国のペースに?

グローバル人材を目指す

人気ランキング

  • 1

    なぜか再びアメリカで銀行がつぶれ始めた

  • 2

    駐米中国大使とも密通していたクシュナー氏

  • 3

    フィリピンが東南アジアにおけるISISの拠点になる?

  • 4

    内向型人間が自覚すべき、ストレスを感じる10のポイ…

  • 5

    トランプ政権がルクセンブルク首相のゲイ・ハズバン…

  • 6

    アルツハイマー病による死亡率がアメリカで急増

  • 7

    ネガティブになりがちな内向型人間にも、10の強みが…

  • 8

    北朝鮮問題で安倍首相「対話の試みは時間稼ぎに利用…

  • 9

    イギリス自爆テロで犠牲になった人びと 8歳少女や3…

  • 10

    1人の時間が必要な内向型、人と会って元気になる外向型

  • 1

    ヤマト値上げが裏目に? 運送会社化するアマゾン

  • 2

    メラニア夫人が手つなぎ「拒否」、トランプは弱っている?

  • 3

    「パスワードは定期的に変更してはいけない」--米政府

  • 4

    アリアナコンサートで容疑者拘束、死者22人で不明者…

  • 5

    なぜか再びアメリカで銀行がつぶれ始めた

  • 6

    北朝鮮危機が招いた米中接近、「台湾化」する日本の…

  • 7

    最凶な露フーリガン対策でロシアが用意した切り札と…

  • 8

    1人の時間が必要な内向型、人と会って元気になる外向型

  • 9

    ドイツが独自の「EU軍」を作り始めた チェコやルー…

  • 10

    ISのテロが5月27日からのラマダーン月に起きるかもし…

  • 1

    ディズニーランド「ファストパス」で待ち時間は短くならない

  • 2

    ヤマト値上げが裏目に? 運送会社化するアマゾン

  • 3

    性的欲望をかきたてるものは人によってこんなに違う

  • 4

    北朝鮮をかばい続けてきた中国が今、態度を急変させ…

  • 5

    シャチがホホジロザメを餌にし始めた

  • 6

    性科学は1886年に誕生したが、今でもセックスは謎だ…

  • 7

    ニクソンより深刻な罪を犯したトランプは辞任する

  • 8

    「男と女のどちらを好きになるか」は育つ環境で決ま…

  • 9

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 10

    習近平の顔に泥!--北朝鮮ミサイル、どの国への挑戦…

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

日本再発見 「外国人から見たニッポンの不思議」
ニューズウィーク試写会「しあわせな人生の選択」
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版 別冊

0歳からの教育 知育諞

絶賛発売中!