コラム

検察庁法改正案を強行採決する前に、3つの疑問に答えて!

2020年05月17日(日)09時30分

この緊急事態に安倍政権が全力で取り組むのは...... Issei Kato-REUTERS

<新型コロナウイルスの脅威に国民がさらされているなか、日本政府が全力で取り組んでいることは......検察官の定年延長問題>

日本国民は前代未聞の脅威に直面している。命も暮らしも危険にさらされ、日本の経済と社会が根本から揺るがされている。1人1人も、寝る前にも、起きた瞬間にも、その強敵を意識し、毎日その戦いに神経を尖がらせている。もちろん、その悩みの元は「検察官の定年制」。

すみません。冗談です! もちろん、新型コロナウイルスの話だ。

新規感染者数は下がっているとはいえ、いまだに毎日数十人が亡くなっている。緊急事態宣言が39もの県で解除されたが、公衆衛生の危機が収まったわけではない。さらに、解雇・雇い止めが1月末からで3300人を超え、「コロナ倒産」も150件以上報告されているし、経済的な危機はこれからだとされる。リーマンショックの1.5倍に当たる63兆円の経済損失を予測する学者もいる。

しかし、今は政府が重い腰を上げ、迅速に対応している。新型インフルエンザ等対策特別措置法の改正や緊急事態宣言発令に慎重な姿勢を見せ、特別定額給付金の「30万円 VS 10万円」のバトルに数週間も費やした安倍政権が打って変わって、まさにスピード感を出し、審議開始から1週間以内に強行採決してでも法案を通し、国民を救済したいと急いでいる。その法案の内容も大胆。検察官(検事総長を除く)の定年を現状の63歳から65歳まで引き上げ、さらに内閣の定めるところにより最長3年(つまり68歳まで)延長できるようにするのだ!

すみません。冗談じゃないです! 本当に今、このご時世で政府がこれを全力でやろうとしている。

もちろん人生百年時代の現在では、どの分野や業界でも定年の引き上げや廃止が続いている。僕も120歳まで働く予定。経験豊富な検察官がより長く活躍できるようにするのは悪いことではない。また政府が、政権に近いとされる黒川弘務検事長の63歳の誕生日の8日前に、彼だけの半年間の定年延長を閣議決定したことに後から法的根拠を付けようとしていること、稲田伸夫検事総長の後継者に黒川さんを据えようとしていることはよく指摘されるが、僕はそれに対してもそこまで否定的ではない。黒川さんはとても優秀だと評判だし、検察庁法に定年延長の規定がないところでむりやり閣議決定したことを反省し、法で補おうとするのは、いわゆる「解釈拡大」にしておくよりまし。

しかし、今まで安倍政権下で行われた強行採決は、安全保障関連法案やテロ等準備罪法案(改正組織犯罪処罰法案)では「国や国民を守ること」、またはTPP(環太平洋経済連携協定)承認案や働き方改革関連法案では「経済や生活を向上させること」などのように、分かりやすい大義名分があった。一方、今回の検察庁法改正案の採決は、公務員数人(もしくは1人?)の都合上としか思えない「小義名分」以外は見当たらない。

それでも急いで法案を通してもいいかもしれない。以前にここで、他国と日本の「強行採決」の違いと危険性について触れたが、反対を押し切ってでも立法できるのは、選挙に勝った与党の特権だ。しかし、やるなら、その前に3つの疑問に答えていただきたい。

「司法私物化」の先輩アメリカから

1つ目は「内容」。司法の独立性はどうやって保証するのか? ブラジルやイタリアのように、検察を行政ではなく司法の管轄下に置く国もあれば、EU諸国のように、検察の雇用条件や報酬などを独立機関に任せる国もある。対照的なのはアメリカ。検察官の任命・解雇の権利は行政が固く握っている。そして、現政権はその権力の乱用が著しい。トランプ政権下の司法省は、大統領への捜査や訴追は一切やらないことにしている。さらに、大統領側近が被告となる複数の裁判の途中で、検察を交代させたり、求刑を軽減したり、起訴を取り下げたりしている。(僕のような)反トランプ派のバカリベラルのから騒ぎではなく、専門家も警鐘を鳴らしている。日本では今回の法改正を懸念し、元検察OB14人が意見書を提出したことが話題になっているが、ほぼ同じタイミングでアメリカの司法省の元職員2000人以上がウィリアム・バー司法長官の辞任を求める公開書簡に署名した。わが国のやることはスケールが違う!

日本はそこまで状態が悪化しているとは思わないが、「司法私物化」を経験した先輩として、細心の注意をしてほしいと言いたい。検察官も人間だから、キャリアの延長がかかっているなら、その権限を持つ者に対して多少なりとも気を遣うのが当たり前。そうした影響を受けないようにするために定年の延長は官邸や内閣ではなく、第三者委員会に委ねる手なども考えられるが、今の法案の「内容」がベストなのだろうか?

プロフィール

パックン(パトリック・ハーラン)

1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

バイデン氏のガザ危機対応、民主党有権者の約半数が「

ワールド

米財務長官、ロシア凍結資産活用の前倒し提起へ 来週

ビジネス

マスク氏報酬と登記移転巡る株主投票、容易でない─テ

ビジネス

ブラックロック、AI投資で各国と協議 民間誘致も=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 5

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    無名コメディアンによる狂気ドラマ『私のトナカイち…

  • 8

    他人から非難された...そんな時「釈迦牟尼の出した答…

  • 9

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story