コラム

パックンが広島で考えたこと

2016年05月31日(火)11時10分

 結局、大統領はあいまいさの力を借りた。献花するときは少し頭を下げた。見る人によってはお辞儀にも見えるが、お詫びしているとは言い切れない、絶妙な角度だった。演説の冒頭で原爆投下の日を描写したときも"death fell from the sky"(空から死が降ってきた)と、また、巧みな表現をした。残酷さや恐怖を表しながら、誰が死を降らせたのか、どんな経緯でその結末に至ったのかという責任の是非論などには一切触れなかった。

 大統領は過去にとらわれるのではなく、過去から学ぶことを中心に語った。人間は戦争をする動物だが、他と違って学習ができる、方向性を変えることができる動物だ。広島という特別な場所から得た教訓を生かし、人類の文明を発展させるべきなんだと。核だけではなく、戦争自体がない未来を目指さないといけない。

 大統領の演説から、そんなメッセージを僕は強く受け止めた。71年前のことを思いながら、日米両国や我々人間のこれからを思い描いて、ふいに目頭が熱くなった。

 大統領の演説には、僕が納得するような説明も謝罪もなかった。それだけを考えると、ある意味、欲求不満で終わったともいえるかもしれない。でも、彼の言葉に気持ちの整理ができるヒントもあった。

 というのは、あんなに複雑な過去を、様々な立場にあるすべての人が納得する形で説明すること自体がそもそも無謀な挑戦であるということ。それを諦めたのは正解だったかもしれない。過去は変えられないが、未来を変えることはできる。平和な世界づくりに努力することができる。そして、戦争のない世界が実現できたら――これこそ広島や長崎(の惨禍)を、平和への意味があるものにできることなのだろう。過去に欲張っても満足することはない。未来に欲張ろう。

【参考記事】オバマ大統領の広島訪問に対する中国の反応 

 昨日、元敵国同士の代表が、最も憎しみ合った地に立って、手を取り合って平和な世界を作る努力を誓った。僕の祖父も妻の祖父もきっとその姿を見ることができたら大喜びだったと思う。

 式典が終わって、胸にこんな思いを抱き、目に涙を浮かべながら会場を後にした。そんなときに、地元の人が数人、声をかけてくれた。被ばく者の孫やひ孫の方たちだった。元敵国のアメリカ人の僕に対して、優しく、「来てくれてありがとう」と言ってくれた。「広島を忘れないでね」と言ってくれた。
 
 忘れることはない。1945年8月6日に広島であったことも、2016年5月27日にあったことも。

プロフィール

パックン(パトリック・ハーラン)

1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

日米首脳「USスチールは買収でなく投資」、米産LN

ワールド

アングル:16歳未満のSNS禁止する豪、ユーチュー

ワールド

北朝鮮、核兵器は「交渉材料ではない」=KCNA

ビジネス

米国株式市場=下落、貿易戦争巡る懸念で 精彩欠く雇
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:中国経済ピークアウト
特集:中国経済ピークアウト
2025年2月11日号(2/ 4発売)

AIやEVは輝き、バブル崩壊と需要減が影を落とす。中国「14億経済」の現在地と未来図を読む

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 2
    Netflixが真面目に宣伝さえすれば...世界一の名作ドラマは是枝監督『阿修羅のごとく』で間違いない
  • 3
    戦場に響き渡る叫び声...「尋問映像」で話題の北朝鮮兵が拘束される衝撃シーン ウクライナ報道機関が公開
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 6
    「嫌な奴」イーロン・マスクがイギリスを救ったかも
  • 7
    老化を防ぐ「食事パターン」とは?...長寿の腸内細菌…
  • 8
    教職不人気で加速する「教員の学力低下」の深刻度
  • 9
    ドイツ経済「景気低迷」は深刻......統一後で初の3年…
  • 10
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 1
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 5
    「体が1日中だるい...」原因は食事にあり? エネルギ…
  • 6
    教職不人気で加速する「教員の学力低下」の深刻度
  • 7
    「靴下を履いて寝る」が実は正しい? 健康で快適な睡…
  • 8
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 9
    戦場に響き渡る叫び声...「尋問映像」で話題の北朝鮮…
  • 10
    マイクロプラスチックが「脳の血流」を長期間にわた…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 5
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 6
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story