コラム

満を持してスー・チーを解放した軍政

2010年11月13日(土)18時29分

 ビルマ(ミャンマー)で11月13日、ノーベル平和賞受賞者で民主化指導者アウン・サン・スー・チーが軟禁を解かれた。自宅軟禁が13日午後7時に期限切れ(アメリカ人と面会した国家防御法違反罪による自宅軟禁)になったからだ。

 軍政は「満を持して」スー・チーを解放した。

 現実を見れば、いまさらスー・チーが解放されたところで何かできるわけではなく、軍政にとってもう怖い存在ではない。少なくとも軍政を打倒してビルマを民主化することはほぼ不可能だ。というのも特に近年、ビルマの軍政はスー・チーが拘束されている間に着々と、国際社会から決まったように求められる「スー・チー解放」に向けて準備をしてきたからだ。

 まずは2008年5月に「国民投票」で承認された新憲法。軍政は新憲法の是非を問う国民投票を実施し、賛成大多数(軍政の発表では約93%が賛成)で承認された。

 新憲法で特筆すべきは、「国会議席のうち4分の1は軍部の高官が確保する」という反民主的な項目だ。さらに「外国人と結婚した者は首相になることを禁じる」という項目もある。これはイギリス人と結婚したスー・チー個人を狙い撃ちしたものに他ならない(イギリス人夫とは死別している。子供2人はイギリス国籍)。

 2つ目は、スー・チー率いる最大野党「国民民主連盟(NLD)」の解党。2010年3月に制定された選挙関連法で、有罪判決を受けているスー・チーは11月に行われた総選挙への立候補を禁止された。その決定にNLDは選挙ボイコットを決めたが、軍政は5月の期限までに総選挙への登録を行わなかったとしてNLDに解党を命じた。つまりNLDの活動は非合法になった。

 1990年に総選挙でNLDが圧勝したにも関わらず、それを無視して政権を移譲しなかった軍政に、はじめから国を民主化する意志などない。国民は相変わらず圧政と貧困に苦しめられ、金のためには人権など関係ないというスタンスを取る中国をはじめとする近隣諸国が、天然資源などを求めて軍政との貿易を続ける。ビルマの輸出産業は好調だ。

 スー・チーが解放後に不正選挙を糾弾し、緊張が高まる民族問題(今回の総選挙後にはタイとの国境沿いで軍政とカレン族の衝突が再燃した)にも関与するとの見方もある。だがそうなればまたすぐに拘束される可能性が高い。国を変えるような政治的な動きは正攻法にはできない。

 先日の総選挙前から軍政の思惑はこう言われていた。総選挙で政権の正当性を確保し、民主活動家のスー・チーを解放すれば、もう国際社会から文句を言われる筋合いはない。不正選挙は世界中に転がっている。そして車産業などから国内経済をさらに解放する。

 20年をかけて、国際社会の非難をかわしつつスー・チーを封じ込める体制を強固にした軍政にもう怖いものはないのかもしれない。

――編集部・山田敏弘

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国で「南京大虐殺」の追悼式典、習主席は出席せず

ワールド

トランプ氏、次期FRB議長にウォーシュ氏かハセット

ビジネス

アングル:トランプ関税が生んだ新潮流、中国企業がベ

ワールド

アングル:米国などからトップ研究者誘致へ、カナダが
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    受け入れ難い和平案、迫られる軍備拡張──ウクライナの選択肢は「一つ」
  • 4
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 5
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 6
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 9
    【揺らぐ中国、攻めの高市】柯隆氏「台湾騒動は高市…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 7
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 8
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 9
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story