コラム

「ロシア封じ込め」の穴(2)──中東諸国「ウクライナ侵攻は我々の戦争ではない」の論理

2022年05月19日(木)13時00分

また、NATO加盟国であるトルコも、国連総会でのロシア非難決議に賛成し、ウクライナ向けにドローンなどを輸出しながらも、エネルギーを中心にロシアとの取引を続けており、ロシアとの人の往来も止められていない。

その一方で、トルコ政府はロシアとウクライナの和平交渉をプロモートしており、バランスをとることに余念がない。

隣家の火事より遠くの山火事?

中東各国のこうした冷めた反応は、西側でウクライナ侵攻への関心が高いことの裏返しともいえる。

ウクライナ侵攻そのものが大きな問題であることは、ほとんどの人が否定しない。

しかし、そのニュースが連日のように先進国メディアで大々的に取り上げられる一方、それ以外の人道問題や危機はほとんどスルーされる。ところが、中東諸国にしてみれば、ウクライナ侵攻より差し迫った危機や脅威は山積みだ。

例えば、イエメンでは2015年から周辺国を巻き込む内戦が続き、昨年段階で約2400万人の人口の約80%が人道支援の対象で、約1300万人が生命の危険にさらされていた。国連はこれを「世界最悪の人道危機」と表現しているが、メディアの取り上げ方をみれば、この問題に対する西側の関心はウクライナ侵攻の1/100もないといって差し支えないだろう。

また、シリア難民は2011年から周辺国に押し寄せ(現在でもそのほとんどはトルコなど中東各国にいる)、その合計は現在までに660万人以上、国内避難民もほぼ同数にのぼるが、これが先進国で大きな問題と認知されたのは、難民の一部がヨーロッパにたどり着いた2015年からのことだった。

しかも「人道的配慮」と言いつつもその受け入れは大きな拒絶反応をともなうもので、ウクライナ難民への好意的な対応とは雲泥の差があった。いわゆるダブルスタンダードが鮮明になったわけだ。

おまけに、ほとんどの国にとって差し迫った問題である新型コロナウィルスに関して言えば、先進国が世界市場でワクチンの大部分を購入し続けている一方、緊急事態への対応として途上国が求める「知的所有権の一時停止」に関して先進国は沈黙したままである。

要するに、「第二次世界大戦以来の危機」といったトーンの強まる先進国から、何をおいてもウクライナ侵攻に関して歩調を合わせるように求められることは、中東諸国にとって、両隣の家が火事なのに遠くの山火事の方を優先的に対応すべきと言われるのに等しい。

西側が「人道」や「自由」を強調しながらも、自分たちの都合で中東の火事と距離を置いてきたことを考えれば、先進国メディアがウクライナ侵攻にフォーカスすればするほど、中東でシラけて受け止められるのも無理はない。いわば「白人世界の内輪もめ」とみなされることは、西側のロシア非難に協力する国を増やすうえで最大の障害になっているといえるだろう(続く)。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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