コラム

井戸水に頼る人々や売春婦──外出制限を守れない貧困層がアフリカで新型コロナを拡散する

2020年03月25日(水)13時54分

ジンバブエの首都ハラレの医療従事者(2020年3月5日) Philimon Bulawayo-REUTERS


・医療が貧弱なアフリカでも新型コロナは蔓延し始めており、国民に自宅待機を求める政府も出てきている

・しかし、貧困層ほど外出しない生活や他人と接触しない生活が難しく、自宅待機は一種の特権になっている

・もともと生きるのに必死の人々にとってコロナは二次的な問題に過ぎず、それは結果的にコロナ感染を拡大させかねない

アフリカでも新型コロナ感染による死者が出ているが、もともと機能しない政府に頼れず、さらに生活の糧を得るために外出しなければならない貧困層にとって、外出規制など無関係だ。そのなかには、生活のための売春婦(セックスワーカー)や、水を手に入れるため何時間も井戸に並ぶ高齢者もいる。

「セックスワーカーに近づくな」

南部アフリカのジンバブエでは3月19日、情報省副大臣が新型コロナ対策として「セックスワーカーに近づかないこと」を命じる通達を出した。

セックスワーカーは不特定多数と「濃厚接触」を日常的に繰り返す職業の最たるものだろう。アフリカは世界でもHIVの蔓延が目立つ大陸で、ジンバブエでも15~49歳の感染率は12.7%にのぼるが、売春はその主たる感染経路の一つといわれる(HIVは新型コロナより濃密な接触で感染する)。

その意味でジンバブエ政府は「効率よく感染を抑えられる」というかもしれない。しかし、この通達に対して、Twitterでは「なぜ公共の場での人の移動や集会を規制しないでおいて、セックスワーカーなんだ」といった批判が噴出した。


そのうえ、この命令が効果をあげるとは想定しにくい。

ジンバブエと異なり、外出の自粛などがすでに要請されてきた隣国ザンビアでは、セックスワーカーから「自宅待機なんてしたら生きていけない」「そんなことしたら家族を養えない」という声が出ており、ローカルメディアによると多くのセックスワーカーが街角に立ち続けているという(ということは、恐らく客も政府の要請を無視しているのだろう)。こうした状況は今後のジンバブエでも想定される。

もともとジンバブエでは、他のアフリカ諸国と同じように、貧困を背景に未成年を含む売春が多い。ローカルメディアはトラックドライバーを主な客にする15歳の少女の「うちに食べるものは何もない」「1回5米ドル、'保護なし'なら10ドル」という声を紹介している。

「パンより安い」ともいわれる稼ぎしか得られないのだとすれば、それさえ得られなくなる自宅待機が彼女たちにとって、全く不可能な選択であることは確かだ。

無策を覆い隠すジンバブエ政府

こうした実現の見込みの乏しい命令は、ジンバブエ政府の無策を象徴する。

【参考記事】中国発の新型コロナウィルスはアフリカ経由で拡散するか

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

FRB責務へのリスク「おおむね均衡」、追加利下げ判

ビジネス

世界の石油市場、26年は大幅な供給過剰に IEA予

ワールド

米中間選挙、民主党員の方が投票に意欲的=ロイター/

ビジネス

ユーロ圏9月の鉱工業生産、予想下回る伸び 独伊は堅
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 5
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 6
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編…
  • 7
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    「ゴミみたいな感触...」タイタニック博物館で「ある…
  • 10
    【クイズ】韓国でGoogleマップが機能しない「意外な…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 8
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story