コラム

リビア内戦めぐりフランスとイタリアが対立──NATO加盟国同士が戦う局面も?

2019年04月19日(金)13時00分

サルヴィーニ副首相の批判はこうした外交関係の悪化を背景に出たものだ。これに関してフランス政府から公式の声明は出ていないが、リビア内戦がこの同盟国間の外交対立に拍車をかけていることは間違いない。

イタリアの抜けがけ

ただし、自国の利益のためには抜けがけも辞さないのはフランスの専売特許ではなく、この点ではイタリアも変わらない。イタリアがリビアで大きな権益を握ってきたこと自体、これを如実に物語る。

2011年にリビアが内戦に突入した際、アメリカ、イギリス、フランスなどは、こぞって反体制派を支援した。これら各国は1980年代から2000年代初頭に至るまでカダフィ体制と対立し、リビアに経済制裁を敷いた経験をもつ。NATOによる軍事介入には、目障りだったカダフィ体制をドサクサに紛れて崩壊させる意図が鮮明だった。

これに対して、イタリアは冷戦時代からリビアと貿易を続けていたため、NATOの軍事行動において二股をかけた。つまり、イタリアはNATO加盟国として反カダフィ派を支援しながらも、空爆には参加せず、妨害電波でリビア軍のレーダーを撹乱させるなど、目立たない活動に終始したのである。それは反体制派とだけでなくカダフィ体制との関係を決定的に悪化させない選択だったといえる。

イタリアにとって、リビアの安定は不法移民対策でも死活的な意味をもつ。アフリカから地中海を渡ってヨーロッパにやってくる難民や不法移民にとって、リビアは主な経由地であり、リビアの対岸にあるイタリアはヨーロッパ側の玄関口となるからだ。

こうした背景のもと、イタリアがNATOの方針に面従腹背したとすれば、カダフィ体制崩壊後の混乱でリビアがアフリカからヨーロッパに押し寄せる難民や不法移民の集積地となったことは、「リビアを不安定化させた」他のNATO加盟国に対する不満をイタリアで募らせたとしても、不思議ではない。

そのため、統一政府を率先して支持するイタリアは、リビア国民軍が迫るなかトリポリ近郊に数百名の部隊を駐留させている。

同盟国という名のライバル

国際政治に抜けがけは付き物で、その意味ではフランスやイタリアの行動は珍しいものではない。リビア情勢は「同盟国は仲間」という考え方が一種の神話に過ぎないことを改めて示している。

ただし、フランスが支援するリビア国民軍が統一政府を支援するイタリア軍と対峙すれば、間接的とはいえNATO加盟国同士が戦火を交えることになる。

NATOは冷戦時代、ソ連という共通の脅威を前に組織されたが、現代の対立の構図は複雑化しており、ロシアや中国との距離感はヨーロッパ諸国の間でも差がある。もともと同盟関係は永久不変ではなく、冷戦期以前は定期的に組み替えが発生していた。リビア内戦は「アラブの春」第二幕の一部であると同時に、第二次世界大戦後の秩序が揺らぎつつあることの一つの象徴といえるだろう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、メキシコに5%追加関税警告 水問題巡り

ワールド

トランプ氏、オバマケア巡り保険会社批判 個人への直

ビジネス

英金融当局、リテール投資家の証券投資促進に向けた改

ビジネス

英インフレ率、近いうちに目標回帰へ=テイラー中銀金
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...かつて偶然、撮影されていた「緊張の瞬間」
  • 4
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 7
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 8
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 9
    死刑は「やむを得ない」と言う人は、おそらく本当の…
  • 10
    米、ウクライナ支援から「撤退の可能性」──トランプ…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story