コラム

なぜ5月14日に米国はエルサレムで大使館を開設したかー「破局の日」の挑発

2018年05月15日(火)20時46分

そのため、そもそも5月14日はイスラーム世界で反イスラエル感情だけでなく、反米感情が高まりやすい日なのです。

ナクバに高まる反米感情

中東の反米感情は、イスラエル建国のプロセスで増幅しました。

1947年に国連総会では、パレスチナの土地を、もともとこの地に暮らしていたユダヤ人とアラブ人(パレスチナ人)の間で分割する決議が採択。この決議は、人口で31パーセントと少数派のユダヤ人に、パレスチナ全土の57パーセントを割り当てるものでした。

露骨にユダヤ人を優遇する決議は、イスラーム諸国を除く多くの国の支持を集めました。その背景には、ホロコーストなど第二次世界大戦での迫害の記憶が新しかったことや、戦時中ユダヤ人が連合国に協力したことなどがありました。

ただし、この決議が可決した決定的な要因は、当時国連で絶大な影響力を持っていた米国がこの案を熱心に推したことでした。

翌1948年に米国大統領選挙を控え、トルーマン政権が国内のユダヤ人の支持を集めたかったことは、「国際的なユダヤ人優遇」に結びついたといえます。

それは裏を返すと、イスラエルの建国プロセスそのものを不公正と捉えるパレスチナ人やイスラーム世界にとって、ナクバが事実上「反米記念日」になりやすいことを意味します。

「パレスチナ難民などいない」

これに加えて、ナクバは数多くのパレスチナ人が「流浪の民」になった日でもあります。

イスラエル建国に反対した周辺諸国は、1948年に軍事介入。第一次中東戦争が始まりました。結果的にこの戦争でイスラエルは支配地域を拡げることに成功しました。

独立宣言の段階で57パーセントだったイスラエルの支配地域は、第一次中東戦争が終わった段階で77パーセントにまで拡大していたのです。

その一方で、この戦争で難民となったパレスチナ人の多くは、いまだに周辺諸国の難民キャップやイスラエル支配地域などで不自由な生活を余儀なくされており、所得水準も低いままです。現在では、難民の三世、四世の世代も珍しくありません。

国際法上、難民には「帰還する権利」があります。ところが、第一次中東戦争で居住地を離れたパレスチナ人のほとんどは、イスラエル支配地域にある、もとの居住地に帰還できないままです。それはイスラエルが彼らを「難民」と認めていないからです。

イスラエルの公式見解によると、第一次中東戦争の最中、侵攻していたアラブ諸国の部隊がパレスチナに、戦闘に巻き込まれないよう、居住地から立ち退くことを求めたといいます。

この呼びかけに応じて、「戦闘が終われば帰れる」と信じた人々が「自発的に」居住地を離れたのだから、彼らは「難民」ではなく、空白地帯となった土地にイスラエル軍が侵攻したことも不法でない、とイスラエルは主張します。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル首相、来週訪米 トランプ氏とガザ・イラン

ビジネス

1.20ドルまでのユーロ高見過ごせる、それ以上は複

ビジネス

関税とユーロ高、「10%」が輸出への影響の目安=ラ

ビジネス

アングル:アフリカに賭ける中国自動車メーカー、欧米
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とんでもないモノ」に仰天
  • 3
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 4
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    飛行機のトイレに入った女性に、乗客みんなが「一斉…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 6
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 9
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 10
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story