コラム

教育論議から考える、日本のすばらしいサービスを中国が真似できない理由

2016年08月23日(火)16時20分

文革後の中国では「家族経営」は悪だった

 ただし、詰め込み型か創造性重視という対比にはあまり意味がないというのが私の考えだ。「中庸」――両極端ではなく中間にこそ答えはあるという中国古来の智慧が答えとしか言いようがない。問題は教育方針ではなく、どのようにして家族の時間を確保するか、いかにして家族の絆を深められるか、だ。「家族を大事にしなさい」という、たんなる道徳ではない。この道徳こそがビジネス成功のカギでもあると私は確信している。

 この考えは私の原体験に基づいている。文化大革命が終わった後、両親は通信教育の語学学校を開いた。知識と教育に飢えている時代だ。ビジネスは大成功し、あっという間にちょっとした財産を築いた。まだ20歳にもなっていなかった私も一緒に働き、当時としてはそれなりのお金を手にした。まだ高級品だったスクーターを乗り回し、注目の的となったことを覚えている。

 しかし、両親はまもなく猛烈な批判にさらされる。「夫妻店」(家族経営)ではないかというのだ。日本人読者の皆さんはおろか若い世代の中国人ですら理解できないと思うが、文化大革命の影響が色濃く残る時代にあって、家族経営で財産を築くことは"悪"だったのだ。

【参考記事】「文革の被害者」習近平と、わが父・李正平の晩年を思って

 この批判がどれほど馬鹿げたものなのか、私がはっきりと認識したのは日本に来てからのことだ。日本の会社は家族的な経営を重んじる。日本の細やかなサービスは、家族という意識を背景にして従業員が自ら問題を発見して動くからこそ成り立っている。

 新宿歌舞伎町の我が湖南菜館では、中国人の従業員を雇っている。とてもまじめで言われたことはきちんとこなすが、なかなか自分で問題を発見することができない。手が空いたらやることがないか探す、自分の担当ではなくても課題があれば解決する。日本人ならばごく当たり前のそうした気配りがなかなかできないのだ。時間をかけて教えていくしかない。

 今、中国では日本ブームが起きている。日本のサービスがすばらしい、精神がすばらしいと褒めたたえる人ばかりだ。中国でも同じレベルのサービスを導入したいと考える人は多いが、実現はきわめて困難だ。それは、家族の絆や家族的経営という視点が完全に欠如しているからだと私は考えている。

 家庭を省みず会社だけでは、家族的な経営を行うことなどできやしない。儒教には「修身斉家治国平天下」という言葉がある。「天下を治めるには、まず自分の行いを正しくし、次に家庭をととのえ、次に国家を治め、そして天下を平和にすべきである」(『大辞泉』)という意味だ。家族を大事にして初めてビジネスは成功するのだ。もちろん子どもの成長にも大きな力を発揮する。

 レストラン経営、貿易会社社長、アダルトグッズ販売、ウェブメディア立ち上げと、さまざまなビジネスを手がけている私は猛烈に忙しい。息子も先ほど述べたように勉強や習い事に忙しい。それでも毎日必ず一緒に遊ぶ時間を作っているし、月に1度は必ず一緒に出掛けている。先日も1泊2日の静岡旅行に出掛け、花火とビーチを楽しんできたばかりだ。

 贅沢な時間の使い方だと思われるかもしれない。仕事で忙しくてそんなヒマはないと思われるかもしれない。だが家族と一緒の時間を持つこと、家族を大切にすることこそ、大切な教育であり、ビジネス成功の道でもある。「急がば回れ」の近道なのだ。みなさんもぜひこの「李小牧式ビジネス・子育て術」を試してみて欲しい。

プロフィール

李小牧(り・こまき)

新宿案内人
1960年、中国湖南省長沙市生まれ。バレエダンサー、文芸紙記者、貿易会社員などを経て、88年に私費留学生として来日。東京モード学園に通うかたわら新宿・歌舞伎町に魅せられ、「歌舞伎町案内人」として活動を始める。2002年、その体験をつづった『歌舞伎町案内人』(角川書店)がベストセラーとなり、以後、日中両国で著作活動を行う。2007年、故郷の味・湖南料理を提供するレストラン《湖南菜館》を歌舞伎町にオープン。2014年6月に日本への帰化を申請し、翌2015年2月、日本国籍を取得。同年4月の新宿区議会議員選挙に初出馬し、落選した。『歌舞伎町案内人365日』(朝日新聞出版)、『歌舞伎町案内人の恋』(河出書房新社)、『微博の衝撃』(共著、CCCメディアハウス)など著書多数。政界挑戦の経緯は、『元・中国人、日本で政治家をめざす』(CCCメディアハウス)にまとめた。

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