コラム

「自爆テロ型犯罪」を防ぐため、原因追究以外にすべきこと

2022年07月06日(水)21時00分

犯罪機会論には、物理面(ハード面)を担う「防犯環境設計」と心理面(ソフト面)を担う「割れ窓理論」がある。残念ながら、割れ窓理論は自爆テロ型犯罪には防犯効果が低い。なぜなら、犯罪企図者は逮捕されてもいいと思っていて、犯行への心理的ハードルが低いからだ。

しかし、防犯環境設計には高い防犯効果が期待できる。もっとも、単に録画しているだけの防犯カメラでは自爆テロ型犯罪を防げない。というのは、防犯カメラが怖いのは「犯行が発覚するかもしれない」とビクビクしている犯罪者だけだからだ。海外のように、リアルタイムでモニタリングしていれば、犯行を阻止できる可能性はあるのだが。

歴史的建造物にヒント

防犯環境設計は、自爆テロ型犯罪から施設を守る方策として「多層防御」を提案する。犯罪企図者によって第1層が破られても、第2層、第3層という形で侵入を食い止め、守りを崩されないようにする手法だ。

今も残るトルコのテオドシウスの城壁は、多層防御のお手本だ。東ローマ帝国(ビザンチン帝国)の首都コンスタンティノープル(現イスタンブール)を守るため、テオドシウス2世によって5世紀に建造され、1000年の長きにわたって難攻不落を誇った。その構造は、内壁・外壁・堀壁(木柵と外堀)という三重で、まさに多層防御である。その姿は、塩野七生の『コンスタンティノープルの陥落』(新潮文庫)に詳しい。

日本の城も、内堀・中堀・外堀と石垣に囲まれ、多層防御を実現している。一歩で一段上がれないよう幅広く作られた石段、Uターンする道、天井からやりを突き出せる門なども、多層防御の構成要素だ。

海外の城にある「らせん階段」は、上から見て時計回り、つまり階段を上がるときに右手が中心に近づくように作られている。人の9割が右利きであることを考えると、この構造なら、階段の下から攻めてくる敵軍は軸柱が邪魔になって剣を自由に振り回せないが、階段の上で迎え撃つ自軍はそれができる。これも多層防御のアイデアだ。

こうした歴史的建造物を見習って、日本の病院、学校、高齢者施設、障害者施設、公園、娯楽施設なども、多層防御を取り入れることが望まれる。もっとも、多層防御は設計段階で組み込む必要があり、建設後の改修では物理的にも予算的にも難しい。しかし、建設後でも、先端テクノロジーの助けを借りれば多層防御を実現できる。その一つが「ディフェンダーX」である。

プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

為替円安、行き過ぎた動きには「ならすこと必要」=鈴

ワールド

中国、月の裏側へ無人探査機 土壌など回収へ世界初の

ビジネス

ドル152円割れ、4月の米雇用統計が市場予想下回る

ビジネス

米4月雇用17.5万人増、予想以上に鈍化 失業率3
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 6

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 7

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 10

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story