コラム

校舎が崩壊、医療サービスは1年以上の待ち、国内最大の自治体が自己破産...英国、債務危機の深刻すぎる現状

2023年09月07日(木)17時30分

「大きな政府のツケをどうやって払う?」

英紙フィナンシャル・タイムズ(9月5日付電子版)は「大きな政府が戻ってきた。そのツケをどうやって払うのか?」という特集記事を掲載した。世界金融危機とコロナ危機で積み上がる膨大な政府債務は当面、大幅に減少することはあるまい。「各国は国防、福祉、温暖化対策に多大の出費をしている。債務レベルはすでに高く、増税は確実のようだ」とみる。

借金できないバーミンガム市議会には公共サービス削減か、資産売却の選択肢しかない。国家は国債を発行して借金できる。日本の政府債務残高は国内総生産(GDP)比264%、イタリア145%、米国129%、カナダ113%、フランス112%、英国101%。主要7カ国(G7)ではドイツだけが66%と健全だ(データ会社トレーディング・エコノミクス)。

財政を破綻させないよう、有権者はインフレという事実上の税金を支払うのか、それとも痛みを伴う増税か、教育や医療、福祉など公共サービス削減を受け入れるのか。緊縮財政による公共サービス削減は世界金融危機後に実施され、人種・性差別的なドナルド・トランプ前米大統領や英国の欧州連合(EU)離脱という急激な反動を引き起こした。

英国財政の信認を支える予算責任局(OBR)のリチャード・ヒューズ局長は4日に行われた英シンクタンク、政策研究所の討論会で「私たちは50年先を見据えた財政の長期見通しを示している。英国の政府債務残高はGDP比で100%を超えており、政府が現在の政策を据え置いた場合、300%程度まで上昇する」との懸念を繰り返した。

高水準の負債は現在の世代にも負担を強いる

経常収支が黒字の日本と違って赤字の英国は債務を膨らませる予算を組んだだけでリズ・トラス前英首相のように市場から国債を売り浴びせられ、長期金利がアッという間に暴騰する。

ヒューズ局長は「昨年から金利が上昇し始めたため、私たちの予測は常に長期的に債務が増加することを示している。高水準の負債は将来の世代に潜在的な負担をもたらすだけでなく、現在の世代にも負担を強いている。1960年代にも100%の負債を抱えたことがある。フランスや米国に比べ英国の負債は短期である割合がはるかに高い」と指摘する。

英国の政府債務残高の約4分の1は直接、インフレに連動している。かつて国債の約13%を外国人が保有していたが、今では約25%に達している。60年代はベビーブーマー(日本で言う団塊の世代)が労働市場に参入したばかりだった。さらに多くの女性が労働参加し、税収を押し上げたが、高齢化が進む現在、そんな追い風(人口ボーナス)は期待できない。

ウクライナ戦争で「平和の配当」は消失した。「高齢化社会、安全でない世界、金利の上昇、気候変動といった新たな課題もある。現在の政策を放置したままでは債務の持続可能性の問題を解決するのは難しい。そのうえ、さらなるリスクに直面するのではないかと心配する理由もある」とヒューズ局長は警鐘を鳴らしている。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

S&P、インド格付け見通し「ポジティブ」に 財政再

ビジネス

中国、固体電池研究に8.3億ドル超投資 6社が支援

ビジネス

訂正-バーゼル3、米次第でEUは一部実施遅らせるべ

ワールド

アングル:中朝の蜜月、「非核化」巡り隙間風 ちらつ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
2024年6月 4日号(5/28発売)

強硬派・ライシ大統領の突然の死はイスラム神権政治と中東の戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    中国海軍「ドローン専用空母」が革命的すぎる...ゲームチェンジャーに?

  • 2

    メキシコに巨大な「緑の渦」が出現、その正体は?

  • 3

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 4

    ハイマースに次ぐウクライナ軍の強い味方、長射程で…

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    プーチンの天然ガス戦略が裏目で売り先が枯渇! 欧…

  • 7

    汎用AIが特化型モデルを不要に=サム・アルトマン氏…

  • 8

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 9

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃…

  • 10

    「天国に一番近い島」で起きた暴動、フランスがニュ…

  • 1

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発」で吹き飛ばされる...ウクライナが動画を公開

  • 2

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 3

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃がのろけた「結婚の決め手」とは

  • 4

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決す…

  • 5

    中国海軍「ドローン専用空母」が革命的すぎる...ゲー…

  • 6

    黒海沿岸、ロシアの大規模製油所から「火柱と黒煙」.…

  • 7

    戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目…

  • 8

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結…

  • 9

    「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレ…

  • 10

    少子化が深刻化しているのは、もしかしてこれも理由?

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 8

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 9

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story