コラム

関税率10%なら英国の自動車産業は壊滅する

2016年09月29日(木)17時00分

 ホンダ英国法人のフィリップ・クロスマン最高業務責任者は筆者の取材に「EUへの離脱手続きの開始通告は来年早々か、後半にも行われるだろう。5~6の違った結果が想定されるが、誰にもはっきりしたことは分からない。今のところビジネスは正常に動いている。パニックに陥らないことが大切だ」と表情を引き締めた。

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ホンダ英国法人のフィリップ・グロスマンCEO Masato Kimura

 EUとの交渉の行方について8社と自動車部品メーカー、労組関係者にオフレコで本音を聞いて回った。

「英国はEUに自動車を輸出しているが、それ以上にEUから輸入している。自動車部品サプライチェーンとしても英国はEUにとってなくてはならない存在だ。EUが英国に対して自動車10%、自動車部品5%の域外関税を課したら、自分で自分の首を絞めることになる。EUとの交渉は結局、落ち着くところに落ち着くのでは」

「同じような議論はポンドが欧州単一通貨ユーロに入らなかった時にもあったが、結果論から見ると英国の自動車産業にとってはマイナスにならず、逆に大きな成長を遂げた」「最初は英国とEUの間で勝者と敗者が生まれるかもしれないが、5年もすれば落ち着くだろう」

「高級車については伝統の英国で生産されたというブランドが大きな意味を持っており、市場がグローバルなので影響はほとんどない」

 大半は思ったほど先行きを悲観していなかったが、厳しい見方も少なくなかった。

「まず保守党内部で、離脱の影響を最小限に留めるソフト・ブレグジット(英国のEU離脱を意味するBritainとExitの合成語)か、この際、EUの規制からきっぱり逃れるハード・ブレグジットになるのか見極める必要がある」「答えはその間のどこかにあるのだろうが、ポンドの急落ぶりを見ると市場の見方は極めて厳しい」

「EU離脱の本質はイングランド地方で移民蔑視が強まったことだ。移民の側はイングランドを白々しい目で見ており、世界の頭脳を集めて英国のグローバル戦略を再構築しようというEU離脱派の主張は実現不可能な絵空事だ」

 日本3社の動きについては、複数の関係者が、日産はサッチャー政権以来、英国との強い絆を感じている上、生産規模が大きく、英国から他の場所に生産拠点を移すことはまずないだろうと指摘した。慎重なトヨタもおそらく動かないのではという見方が多かった。「関税率が高くなった場合、ホンダには英国の生産拠点をトルコに移すという選択肢がある」(自動車部品メーカー幹部)という。

 EU離脱は英国の自動車産業にとって何のプラスももたらさない。少なくともこの2~3年、英国の自動車産業が足踏みを強いられることだけは確かだ。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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