コラム

北斎のような「波」が、政治的暴力を世界に告発する

2017年10月10日(火)19時23分

造形芸術家アブドルラフマン・カタナーニの作品で、有刺鉄線でつくった波(本人提供)

<レバノンのパレスチナ難民キャンプに暮らす若き芸術家が、国内外で注目されている。キャンプで安価な建築資材として使われるスレート板や、難民や部外者を締め出すのに使われる有刺鉄線でつくられた作品は、なぜ共感を呼ぶのか>

今年8月にレバノン・ベイルート南郊のパレスチナ難民キャンプで取材をしている時に、隣接するサブラ地区に住む若いパレスチナ難民の造形芸術家アブドルラフマン・カタナーニ(34)と会った。パレスチナ問題や難民問題をモチーフとして、メッセージ性の強い創作活動を続け、ベイルートだけでなく湾岸諸国の展示会に出品し、この3年ほどはフランスやドイツの展示会でも注目されている。

パレスチナ人の案内人は、「カタナーニはガザ病院に住んでいる」と言った。シャティーラ難民キャンプを出ると、真っ赤なトマトやソフトボール大のナスが山と積まれた売り台が並ぶサブラの野菜市場がある。市場を通り抜けると道路に面して住宅が立ち並び、あまり目立たないビルの入り口がある。

そのビルの電気もない暗い通路を通り、奥の階段を上がっていく。2階、3階とのぼると、それぞれ長い通路の左右にドアがあり、通路では洗濯物を干していたり、女性が座ってジャガイモの皮をむいていたりと、生活感にあふれている。

訪ねたのは昼前の時間だった。ドアをノックして5分ほど待って、出てきた若者がカタナーニだった。寝起きの顔で「昨夜は夜遅かったので」と待たせたことを言い訳した。伸びた縮れ髪が直立し、180センチ以上ある細身の長身をさらに引き立たせていた。中に入ると、30平方メートルほどの比較的大きな部屋。「このビルは昔、病院で、ここは病室だった」と、カタナーニは私の質問を先取りするように説明した。

kawakami171011-2.jpg

アブドルラフマン・カタナーニ(川上泰徳撮影)

1982年9月にあった「サブラ・シャティーラの虐殺」(関連記事:1982年「サブラ・シャティーラの虐殺」、今も国際社会の無策を問い続ける)の際、イスラエル軍に包囲された中で異変を感じたパレスチナ人が難民キャンプから出て、避難した場所が「ガザ病院」だった。当時、パレスチナ解放機構(PLO)系のパレスチナ赤新月社の総合病院。その後、85年にシャティーラ難民キャンプがシーア派民兵組織による包囲攻撃を受けた時に、焼き討ちされて炎上した。病院機能は失われたが、廃墟となった病院にパレスチナ難民が住みつき、いまは住宅ビルとなっている。

カタナーニの家族はシャティーラ難民キャンプに住み、彼自身は83年にガザ病院で生まれた。その後、キャンプが破壊され、ガザ病院が焼き討ちされた後、カタナーニの家族は病院跡ビルに住み始めたという。カタナーニはここからシャティーラ難民キャンプ内にある国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の学校に通い、さらにベイルート市内の大学に通った。4年前に病院跡ビルの部屋をアトリエとして購入し、芸術活動の場所としている。

6年間で風刺画を1000枚描いたが、「やめろ」と脅された

カタナーニはコンピューターを開いて、2008年から4年間取り組んだ「子供シリーズ」の写真を見せてくれた。モチーフは遊ぶ子供たちだ。縄跳びをする少女、風船を持つ少女、凧揚げをする少年、棒の先にリボンをつけて回す少女など。遠目には、楽しく遊ぶ子供たちであるが、よく見ると、子供たちの身体や凧、風船はスレート板で作られ、縄跳びの縄や凧をつなぐひも、リボンなどは有刺鉄線で作られている。

kawakami171011-3.jpg

カタナーニの作品で、縄跳びをする子供。縄は有刺鉄線(本人提供)

kawakami171011-4.jpg

カタナーニの作品で、有刺鉄線とスレート板でつくった子供(本人提供)

スレート板は難民キャンプでは最も安価な建築資材として多用される材料であり、有刺鉄線は難民や避難民や部外者が立ち入らないように設置されるものだ。「難民キャンプでの人々の生活を描きながらも、パレスチナ人がパレスチナ人として生きることが阻まれているというメッセージを込めている」とカタナーニは語る。このシリーズはベイルートのギャラリーで販売され、すべて売り切れたという。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

豪首相、トランプ氏にイラン戦争の目的明確化を要求 

ビジネス

富士フイルム、発行済み株式の1.1%・300億円上

ビジネス

米司法省、パラマウントのワーナー買収で召喚状 加・

ワールド

焦点:イラン攻撃1カ月、厳しい選択迫られるトランプ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:BTS再始動
特集:BTS再始動
2026年3月31日号(3/24発売)

3年9カ月の空白を経て完全体でカムバック。世界が注目する「BTS2.0」の幕開け

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が育んだ「国民意識の違い」とは?
  • 2
    記憶を定着させるのに年齢は関係ない...記憶の定着度を決める重要な要素とは?
  • 3
    オランウータンに「15分間ロックオン」された女性のSNS動画が拡散、動物園で一体何が?
  • 4
    ビートルズ解散後の波乱...「70年代のポール・マッカ…
  • 5
    ロシア経済を支える重要な港、ウクライナのものと思…
  • 6
    【銘柄】東京電力にNTT、JT...物価高とイラン情勢に…
  • 7
    ヒドラのように生き延びる...イランを支配する「革命…
  • 8
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反…
  • 9
    映画『8番出口』はアメリカでどう受け止められた?..…
  • 10
    カタール首相、偶然のカメラアングルのせいで「魔法…
  • 1
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反対署名...「歓迎してない」の声広がる
  • 2
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が育んだ「国民意識の違い」とは?
  • 3
    三笠宮彬子さまも出席...「銀河の夢か、現実逃避か」モナコ舞踏会に見る富と慈善
  • 4
    レストラン店内で配膳ロボットが「制御不能」に...店…
  • 5
    中国の公衆衛生レベルはアメリカ並み...「ほぼ国民皆…
  • 6
    記憶を定着させるのに年齢は関係ない...記憶の定着度…
  • 7
    中国最大の海運会社COSCOがペルシャ湾輸送を再開──緊…
  • 8
    イランは空爆により核・ミサイル製造能力を「喪失」…
  • 9
    映画『8番出口』はアメリカでどう受け止められた?..…
  • 10
    作者が「投げ出した」? 『チェンソーマン』の最終…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 6
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 7
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 8
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story