コラム

ジャーナリストが仕事として成り立たない日本

2016年05月31日(火)11時12分

Jalal Al-Mamo-REUTERS

<トラック運転手をして取材資金を貯めるという桜木武史さん(37)が、第3回山本美香記念国際ジャーナリスト賞を受賞。受賞作の『シリア 戦場からの声』は緊迫感ある優れた作品だが、彼の状況は、日本でジャーナリストとして生きることの難しさを象徴している> (写真は2014年、シリア北部のアレッポで反政府組織の兵士と行動を共にする女性記者)

 シリアで取材中に銃弾に倒れたジャーナリスト、山本美香さんの遺志を継ぐ山本美香記念国際ジャーナリスト賞は今年、シリア内戦を扱った『シリア 戦場からの声――内戦2012-2015』(アルファベータブックス)の著者であるジャーナリストの桜木武史さん(37)に贈られた。山本さんの誕生日である5月26日に日本記者クラブで授賞式と、記念シンポジウム「戦場で取材する意味」があり、私も選考委員として参加した。

山本美香記念財団サイト「山本美香記念国際ジャーナリスト賞」決定

 賞選考会では、候補作4点のなかで、5人の選考委員全員が最高点を付けた桜木さんの本が満票での受賞だった。シリア内戦が始まった2012年4月、反体制デモが続いていたダマスカス郊外の町ドゥーマに旅行者ビザで1か月滞在した桜木さんは、民衆デモと、政権による弾圧、それに対する反体制派の武装闘争の始まり、さらに政権軍による制圧という内戦の初期の状況を取材した。

 その後、反体制派支配地域であるシリア北部のアレッポに3度入り、政府軍の空爆を受ける地域の状況を伝え、さらに反政府組織に従軍してアサド政権軍と銃撃で対峙する前線にも行った。さらに、2015年4月に過激派組織「イスラム国」(IS)が撃退された後のクルド人の都市コバニを取材している。

【参考記事】死者47万人、殺された医師705人......シリア内戦5年を数字で振り返る
【参考記事】アサドを利する「シリア停戦」という虚構

 私は講評の中で桜木さんの著書について、「紛争の地に身を置き、自分の足で歩き、人々の生の声を聞いた記録である。ジャーナリストは何のために危険な紛争地に向かうのか、という昨今の問いに対する一つの答えがあり、事実に迫ろうとするジャーナリストのひたむきさを実感できる仕事である」と評した。

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第3回山本美香記念国際ジャーナリスト賞を受賞した桜木武史氏(写真提供:山本美香記念財団)

 他の選考委員の評価も紹介しよう。

「『シリア 戦場からの声』は刻々と変化するシリアの今をもっとも身近に感じさせてくれる作品だった。世の関心がシリアに向いていない頃からダマスカスやドゥーマに入り、昨日まで普通の市民だった反体制派の兵士や家族の声に耳を傾け、複雑きわまりない国情と市民蜂起の背景を何も知らない読者と同じ目の高さで描き出すのに成功している」(最相葉月・ノンフィクション・ライター)

「桜木武史の取材法は徹底している。自分の足で歩き、観て、聞いて、感じたものを書く。虫のように這いずり回り、内部の目線で書く。反政府側に感情移入し過ぎるのではないかと気になるが、政府側からも取材している。また反政府側の不条理な面、行動も容赦なく書いている」(関野吉晴・探検家、武蔵野美術大学教授)

「戦火の中、必死で生きる人たちの肉声を記録してきた桜木氏の生き方に強い共感を抱いた。地べたを這いまわるような取材姿勢もいい。『この内戦で犠牲となっているのは誰なのか』。彼の視線は常に人びとに向けられている」(野中章弘・アジアプレス・インターナショナル代表)

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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