コラム

あの伝説も、その語源も...事実疑わしき知識を得意げに語る英国人

2024年05月11日(土)19時42分

問題は、この話には実際の証拠が何もないということだ。人々はこれが詩の「本当のところ」だというふうに言いたがるだろうが、そのような出来事があったとの証言は何も記録されていない(戦闘は現実に起こったが、大砲についての詳細は歴史的記述が何も残されていない)。ハンプティ・ダンプティが大砲だという最初の「説」はイングランド内戦から何百年もたってから登場し、情報源の裏付けもなかった。

おまけに、どの城壁がそれに当たるのかについても諸説ある(街の中心部にある教会の塔だという仮説もある)。大砲が転落したのは爆撃時の衝撃の反動のせいだという説もあれば、知られている最古のバージョンの詩では「王様の家来」ではなく「80人の男」になっていた、などの説もある。

だからこそますます、周知の事実もないのに人々がそれらしき話を作り出そうとしているように見えてしまう。もしかしたらこの詩は、特定の事件など何も関係のなく、傲慢さをテーマにしたちょっとした詩だったのかもしれない。この手の伝説は何かしら人間の本質を物語っていることが多いから、僕はいつもこういう話に興味を引かれる。

人々は物語を「完成」させては、吹聴し合いたがる。イングランド人はまた、ヘンリー8世がアン・ブーリンをイメージして「グリーンスリーブス」の歌を作ったと信じている(事実ではない)。

「posh」の語源も怪しい

あるいは、「posh(上流な、しゃれた)」という言葉は、植民地時代にインドに航海する際の快適な乗船法を指した「Port Out, Starboard Home(行きは左舷側で、帰りは右舷側の客室で)」から派生したと言われている(どちらも強烈な日差しを避けられる客室)。「彼らは『posh』に旅行していると言われていて、それこそがこの言葉の由来だ......」との説明を耳にするかもしれない。

こちらもまた、語源はそんなに明らかになっていない。クルーズ客船の時代より前に軍隊のスラングとして既にこの言葉が存在していたという証拠もある。海運会社が「posh」な旅を宣伝したとか、乗客がこの言葉を使っていたとかいう文献も残っていない。

でも忠告しておくと、イングランド人にこの手の話をされても、反論しないでやることだ。そんなことしたら、彼らはひどく動揺してしまうだろうから。さも驚いたような顔をして、そんな話を「教えてやった」彼らがどんなに上機嫌な顔をしているか見るほうが、はるかに簡単だ。

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プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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