コラム

イギリスがEUよりも速くワクチン接種を進めているのはブレグジットのおかげ

2021年02月03日(水)17時00分

イギリスはいくつかの理由によって、EUより迅速かつ効果的に動けた。まず、EUは相変わらずの官僚主義ぶりを見せつけたから、英当局のほうが早くワクチンを承認できたということになる。まっとうな理由で(ただし緊急事態ではない時期に)整備されてきたプロセスを見直すことよりも、手続きが遅れることのほうがはるかに大きな公衆衛生上の危機をもたらすだろう、という「常識」を、イギリスは採用した。

EUは当初、イギリスが承認プロセスを迅速化したというより「手抜きをした」と言わんばかりだった。そして今、ワクチンの確保で後れを取ったEUは、アストラゼネカがEUを裏切ったかのような言い方をし、イギリスへの他社製ワクチン輸出禁止の脅しまでちらつかせて、批判をそらすのに必死だ。

欧州委員会がその能力を超えた責任を引き受けている状況下でも、EUは一枚岩として行動した。EUのエリートは、問題を検討したり解決策を探ったりする際、この状況をいかにして「欧州プロジェクト」──EU本部への権力集中と加盟国の統合強化──につなげられるか、とある程度計算せずにはいられないようだ。その目的に前進があれば何であれ失敗とはみなされず、だからこそ破滅的な単一通貨ユーロは、南欧の国々に経済的打撃を与え続けているにもかかわらず、EU本部からは「歴史的成果」と見なされている。

同様に、EUが加盟各国からワクチン計画の主導権を取り上げて独占したことは、EUの優れた調整力の証しだ、だからこそ世界から「欧州統合」は前進していると見なされるだろう、ということになっている。実態は、規制の長期化とさらなる死者増加を招いているにもかかわらず。

もしイギリスが今でもEUに加盟していたら、「単独行動」でやるよりも28カ国の集団でやるほうが購買力でも交渉力でも優れているのは当然なように思われるから、EUのワクチン計画に従っていたことだろう。小さな国が独自に動くほうがうまくいくなんて、知る由もなかった。そして、僕の暫定予定日も3月とはいかなかっただろう。

<2021年2月9日号掲載>

20240521issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年5月21日号(5月14日発売)は「インドのヒント」特集。[モディ首相独占取材]矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディの言葉にあり

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トルコ大統領、ハマス構成員を「国内で治療」と発言 

ビジネス

アルケゴス創業者の裁判始まる、検察側が詐欺の実態指

ビジネス

SBG、投資先のAI活用で「シナジー効果」も=ビジ

ワールド

米国務副長官、イスラエルの「完全勝利」達成を疑問視
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子…

  • 5

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    「人の臓器を揚げて食らう」人肉食受刑者らによる最…

  • 8

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 9

    自宅のリフォーム中、床下でショッキングな発見をし…

  • 10

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 9

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 10

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story