コラム

マイナンバー騒動に秘められた消費税増税の「落とし所」

2015年09月16日(水)18時45分

消費税増税ではレストランのメニュー設定と同じ心理作戦が展開されている? Yuya Shino-REUTERS

 都内の一等地にある某有名イタリアンのオーナーとひょんなことからメニューの価格設定についての話になったことがありました。レストランなどで提供されるプリフィックス・メニュー、和食などでは「松・竹・梅」で表記されることが多いですが、その価格は「高い・中ぐらい・低い」と3段階に設定されています。この3種類の値段設定の理由についてオーナーいわく「『中ぐらい』の値段のものをお客様に選んでいただくために『高い』もの、『低い』ものも敢えて設定しているんですよ。」

 「松」はやや予算オーバーだが、せっかく来たのに「梅」では何だか寂しいし、となると中庸の魅力が俄然増してきて「竹」を選ぶ人が多くなる。もちろんお店側としては「松」を選んでもらうのに越したことはないのでしょうが、最初から「竹」を選んでもらうことが念頭にあるとは。なるほどメニューの価格設定にも顧客の心の機微に触れる配慮がなされていることに妙に感心したものです。

 翻って昨今の消費税率10%時の負担軽減策、まさにこの「松竹梅」の心理作戦が展開されていると言ってよろしいでしょう。これは8%増税前にも感じたことですが、どなたが旗振り役は存じませんので当局といたしますが、国民心理の誘導は毎度お見事、あっぱれと言うほかありません。
 
 かねてから、消費税10%増税の際の負担軽減策としてあげられてきたのは食料品などの税率を購入時点で8%にする軽減税率でした。しかし、この軽減税率は消費税の最大の問題とされる逆進性の解消に全く繋がらないどころか、食料品の実質的な値段の引き下げ効果も訝しく、さらに問題なのは軽減税率の対象となった業界へ補助金を送り込むだけの仕組みになりがちなこと。既に数十年近く導入してきた、つまり軽減税率をセットにした付加価値税(日本の消費税にあたります)制度の遂行という壮大な社会的実験をし続け、その結果を目の当たりにしてきたドイツでさえ、余りにも弊害が大きい悪質な制度として軽減税率廃止を含めた見直しの機運があるのは以前お伝えした通りです。

「欧州の失敗に目をつぶる「軽減税率」論のうさんくささ」

 そうした軽減税率の悪質性について、国内世論への浸透が多少なりとも進んだのでしょう。消費税率10%が現実味を帯びてくるとともに、軽減税率を問題視する声もまま聞かれるようになりました。そうした中で、急きょ登場してきたのがこの度のマイナンバーを使って2%分の還付する財務省案と称される制度です。具体的には買い物時に支払う消費税10%分が、税と社会保障の共通番号(マイナンバー)で使う「個人番号カード」を経由して購入情報として記録されることで、後から2%分を還付がなされるという、なんとも複雑怪奇なもの。ちなみに税制の三大原則はこれまで何度となくお伝えしてきたように「公平・中立・簡素」です。「簡素」でないという点だけを持ってしても、こうした制度は本来アウトです。

プロフィール

岩本沙弓

経済評論家。大阪経済大学経営学部客員教授。 為替・国際金融関連の執筆・講演活動の他、国内外の金融機関勤務の経験を生かし、参議院、学術講演会、政党関連の勉強会、新聞社主催の講演会等にて、国際金融市場における日本の立場を中心に解説。 主な著作に『新・マネー敗戦』(文春新書)他。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、AI・エネルギーに700億ドル投資へ 

ビジネス

英中銀総裁「不確実性が成長を圧迫」、市場混乱リスク

ビジネス

米関税措置、国内雇用0.2%減 実質所得も減少=S

ワールド

ゼレンスキー氏、スビリデンコ第1副首相を新首相に指
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中にまさかの居眠り...その姿がばっちり撮られた大物セレブとは?
  • 2
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機」に襲撃されたキーウ、大爆発の瞬間を捉えた「衝撃映像」
  • 3
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別「年収ランキング」を発表
  • 4
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    【クイズ】次のうち、生物学的に「本当に存在する」…
  • 7
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 10
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 9
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 10
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story