コラム

福島県沖地震後にもっとも拡散した外国人関連ツイートは、ヘイトではなく安全情報だった

2021年03月02日(火)18時00分

地震と外国人(中国人、韓国人)に関するツイートの抽出には、先行研究「熊本地震の際の「インターネット上の災害時「外国人犯罪」の流言に関する研究 ─ 熊本地震発生直後のTwitterの計量テキスト分析─」(曺慶鎬、応用社会学研究 2018 No 60))を参考にした。

問題発言とそうでない発言の判別に当たっては、リツイート回数の多いツイートの内容を確認の上、判別に適したキーワードを順次加えて精度をあげた。ツイッターは140文字という制限上、必ずしも自然言語処理ではうまく処理できないことも多い、という指摘もあり(鳥海不二夫 、ヤフーニュース、2020年7月8日)、今回は少数のツイートに占有されていたので上位ツイートの内容を人間が確認する方法を取った。

差別ツイートが多いという先入観のために見えにくかったツイート傾向

地震発生は2月13日23時09分、翌日午前2時に筆者はキーワードは「韓国人(およびその蔑称)」でデータを取得した。数を甘く見て、取得ツイート数の上限を1万件に設定していたため全数を取得できなかった。取得したツイートの内容を見る限り、差別やヘイトは多くはなかった。たとえば「井戸」と「毒」を含むツイートはわずかに8件のみだけだった。その後、午前4時に「井戸」と「毒」の言葉を含む2月13日23時09分から2月14日12時までのツイートを取得した。

地震発生後からジャーナリストの津田大介は問題のある差別やヘイトツイート見つけては「通報しましょう」と呼びかける活動を行っていた。ざっと確認した範囲では24ツイートを取り上げ、後にそのうち15のアカウントが凍結された。そのうちのひとつのアカウントは1万4千を超えるフォロワーを持っていたが、すぐに凍結された。

その後、「井戸」と「毒」を含むツイートの数が想定よりもはるかに少ないことなどから、差別やヘイトツイートは決して多くはなさそうだと考え、検索用語を変えて再度データを取得することにした。

前掲の熊本地震を扱った先行研究を参考にし、2月19日に検索条件変えて2月13日23時09分から2月14日12時09分までのデータを取り直した。念のため地震直後に取得したデータと照らし合わせ、アカウントの凍結やツイート削除による大きな変化がなかったことを確認した。そして集計した結果、前述のように「外国人差別やヘイトではなく、外国人向のための安全情報」に関するツイートが多数を占めていたことがわかった。

リスク時のツイッター空間が改善されている可能性

震災時のツイッター空間について先行する記事や研究としては、前掲の「2021年福島県沖地震でデマは桁違いに拡散したのか」(鳥海不二夫、ヤフーニュース、2021年2月17日)や、「インターネット上の災害時「外国人犯罪」の流言に関する研究 ─ 熊本地震発生直後のTwitterの計量テキスト分析─」(曺慶鎬、応用社会学研究 2018 No 60)がある。

今回の結果は、差別やヘイトツイートが多くなかったという前者の結果と一致し、デマを拡散するツイートよりもデマであると指摘するツイートの方が多かったという後者と一致している。ただ、外国人向けの情報提供のツイートが非常に多かった点が後者と異なっていた(前者では言及なし)。なお、前者の記事では人工地震について、「桁違いではないがそれなりの数のツイートが拡散された」としている。

リスク時にこうした有用な情報が早い時点で大量に拡散することや、差別やヘイトツイートが早期に減少したこと、井戸と毒に関するツイートが比較的少なかったことなどを考えると、2016年の熊本地震の頃よりもリスク時のツイッター空間は改善されたのかもしれない。

ジャーナリスト津田大介の「通報しましょう」活動によって、拡散力を持っていたと思われるアカウントが早期に凍結されたのも差別やヘイトツイートの抑制に効果があったと言えそうだ。データの推移を見る限り、バックファイア効果(差別やヘイトを批判するために紹介したことが、かえって差別やヘイトを広げてしまうこと)もほとんどなかったようだ。

過去のMITの研究や先日の5大政党に関するツイート分析のデータでは、ネガティブな内容のツイートほど拡散されやすかったが、今回はそれらとはかなり異なる結果となった。状況などによって傾向は変わるのかもしれない。

本稿はあくまでも限定されたデータを元に考察した結果の仮説である。より確かなものにするには、地道にデータの収集と分析を積み重ねてゆくしかない。日本ではSNSに関する基本的なデータがあまり整理されていない。そのためのツールはすでにあるのだから、ツイッター社のフルデータにアクセスできる学術関係者の方の今後の活躍に期待したい。

現在、ツイッター社は学術関係者の方(修士課程や博士課程の方含む)には、フルデータへのアクセスを無償で提供している。これを利用しない手はないだろう。手が足りない時には微力ながら筆者もお手伝いしたい。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)など著作多数。X(旧ツイッター)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

神田財務官、介入有無コメントせず 過度な変動「看過

ワールド

タイ内閣改造、財務相に前証取会長 外相は辞任

ワールド

中国主席、仏・セルビア・ハンガリー訪問へ 5年ぶり

ビジネス

米エリオット、住友商事に数百億円規模の出資=BBG
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    ナワリヌイ暗殺は「プーチンの命令ではなかった」米…

  • 10

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story