アングル:鈍る円高、日本勢の企業買収など背景 巨額対米投資で思惑

外為市場では、円相場の動きが鈍い一因として、対外直接投資の復調に伴う円安圧力に注目する声が出ている。写真は円とドル紙幣。2023年4月、ボスニア・ヘルツェゴビナのゼニカ市で撮影(2025年 ロイター/Dado Ruvic)
Shinji Kitamura
[東京 2日 ロイター] - 外為市場では、円相場の動きが鈍い一因として、対外直接投資の復調に伴う円安圧力に注目する声が出ている。米国ではトランプ大統領の執拗な利下げ要求などもあり、ドルに売り圧力がかかりやすい情勢だが、日米関税交渉に盛り込まれた巨額の対米投資が今後、円安圧力をさらに強める可能性があるとの思惑もある。
<静かに続く円売りの正体>
「どうも下がらない。何かの小規模なドル買いのフローが、断続的に出続けている」。ある大手銀のトレーダーは、取引画面を眺めながら首を傾げた。
ドルが一気に4円超急落した米雇用統計が発表されてほぼ1カ月、ドルは146円から148円付近のレンジを中心に鈍い値動きが続いている。過去分の大幅下方修正で今後の連続利下げ観測が大きく高まり、ドルの先安見通しが優勢でありながら、下げが強まるわけでもない。
対円でドル安を抑制する断続的な買いの主体は誰なのか。市場で様々な観測が飛び交う中、有力視されているのが、日本企業による海外企業への買収や出資など、いわゆるクロスボーダーM&Aに関連した円売り/ドル買いだ。
ニュースなどに反応して短時間に多くの注文が入るケースとは異なり、巨額のM&Aに関連した取引を執行する際は、レートを大きく動かさないよう、時間をかけて少量ずつ買いを入れるのが定石とされる。断続的に出るドル買いのフローが、そうした読みが広がる根拠のひとつともなっている。
<対外直投は今年も過去最大の勢い>
思惑先行と切り捨てられない理由は他にもある。第2次トランプ政権発足後、関税や買収規制の強化を警戒して抑制されていた対米国を含む日本の直接投資が復調している。
トランプ氏が就任した今年1月。どんな奇策が打ち出されるのか世界中が身構える中、財務省が集計する日本の対外投資額は差し引き1.4兆円と、月間で2年ぶり低水準にとどまっていた。それが、トランプ氏が対米投資を繰り返し呼びかける中で次第に盛り返し、6月には5兆円超と過去2番目の高水準にまで膨らんだ。
6月は日本製鉄が米鉄鋼大手USスチールの買収を141億ドル(約2兆円)で完了させたタイミングで、一時的に金額が膨らんだ面もある。だが、1─6月累計で見ても16.1兆円と、年間で過去最大となった前年同期を1割近く上回るペースで推移している。
財務省のデータは6月が最新だが、7月以降も米国を中心に海外企業に対する買収や出資は続いている。1000億円を超えるものだけでも、住友生命保険やオリックス、三菱商事、日本郵船、ソフトバンクグループ、SOMPOホールディングスと相次いで発表されている。
市場では「海外に成長の場を広げるしかない日本企業の大型買収が増えており、当然(円が売られて)ドルの下支えになる」(三井住友銀行市場営業部為替トレーディンググループ長の納谷巧氏)との受け止めが一般的だ。
<80兆円投資めぐる思惑>
日本発の大型買収・出資案件が相次ぐ中、日米が関税交渉で合意した5500億ドル(約80兆円)の対米投資に対する思惑もくすぶっている。
ドル/円は1兆円の取引増で、おおむね1円前後の値動きが発生するとされる。仮に「半分の40兆円でも(取引が行われれば)、ドルを40円押し上げるような効果があってもおかしくない」(ふくおかフィナンシャルグループのチーフストラテジスト、佐々木融氏)と、強烈なインパクトを持ち得るためだ。
もっとも、円相場にとって重要なのは、80兆円のうちどの程度が、実際に円売り/ドル買い注文となって為替市場へ流れ込むか。払い込みがドルであれば手元資金として保有するドルを充てることも可能で、資金調達をドルで行えば為替取引は発生せず、直接的な影響はない。
JPモルガン・チェース銀行為替調査部長の棚瀬順哉氏は、融資のほとんどは為替リスクを避けるため、ドル調達となる可能性が高く、為替取引が発生するのはごく一部にとどまると想定する。「円売りは(トランプ氏の残りの任期である)3年半の間で数兆円にとどまり、円相場に与える影響も限定的だろう」と話している。