コラム

「LGBT理解増進法」の罪と共振するクィア映画『怪物』

2023年06月20日(火)13時25分

是枝裕和監督『怪物』より (c)2023「怪物」製作委員会

<マイノリティではなく「マジョリティへの理解」を求める悪法がLGBTにとって意味する世界を描く>

*若干のネタバレあり

是枝裕和監督の最新作『怪物』が現在、全国の映画館で上映されている。この映画はカンヌ国際映画祭に出品され、脚本賞とクィア・パルム賞の二冠を受賞した。6月16日に成立したLGBT理解増進法が、当初の内容を大きく後退させ、これでは反LGBT法だという当事者の声もあがる中、マジョリティの無知がもたらす残酷さを描いたこの作品は、我々にこれでよいのかというメッセージを突きつけている。

クィア映画としての『怪物』

『怪物』は、LGBTやクィアといった性的少数者を扱ったクィア・パルム賞を受賞しているにも拘らず、公式でクィア映画であることをはっきり打ち出していないことに批判がある。

確かにこの脚本のギミック上、公開前にクィアというキーワードを隠したかったのは理解できる。しかし少なくとも映画が公開されて以降は、クィアというテーマを全面に打ち出したほうがよいだろう。もしアメリカやヨーロッパでこの作品がつくられていたなら、監督も脚本家もはっきり「これはクィア映画だ」と述べていたはずだ。

『怪物』では、クィア当事者が過酷な状況に置かれる。とはいっても、この映画では性的少数者を露骨に差別し攻撃する人物は、一人しか出てこない。むしろほとんどの登場人物は一般的な意味では善人と呼んで差し支えない。そのような善人たちがまったく無自覚に、当事者にダメージを与え続けるのだ。たとえば良かれと思って「普通」の家庭を目指したいと述べてしまう母親。何気なく「男らしくない」という言葉を使う教師。「男同士」が付き合うことを揶揄する子どもたち。「オネエ」タレントを面白キャラとして扱うメディア。そして何の悪意も持たず、その真似をする大人や子供。

こうした登場人物たちは、無知やそれに起因する配慮のなさのために、無自覚な加害者になってしまっている。かれらは、そのような知らぬがままに犯してしまった罪によって、最終的に取り返しのつかない罰を受けてしまうのだ。

この映画はもちろん、よくできたフィクションにすぎない。だが、日本でLGBTやクィアといった性的少数者がおかれている状況の一面も表している。映画の登場人物たちにLGBTやクィアについての知識が少しでもあれば、当事者が当事者だと気づかなくても、言葉遣いや態度が変容することによって、無自覚に当事者を傷つけることはしなくてよかったかもしれない。それによって、映画の結末も変わっていただろう。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米・イラン交渉団、和平目指し直接会談 協議再開とイ

ワールド

米軍がホルムズ「掃海」とトランプ氏、イランTVなど

ワールド

バンス米副大統領、パキスタンのシャリフ首相と会談

ワールド

米が資産凍結解除に同意とイラン筋、米当局者は否定
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの大誤算
特集:トランプの大誤算
2026年4月14日号(4/ 7発売)

国民向け演説は「フェイク」の繰り返し。泥沼化するイラン攻撃の出口は見えない

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国がイラン戦争一時停戦の裏で大笑い...一時停戦によって中国が「最大の勝者」となる理由
  • 2
    健康を守るはずのサプリが癌細胞を助ける? 思いがけない副作用に研究者が警鐘
  • 3
    中国が恐れる「経済ドミノ」
  • 4
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 5
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収され…
  • 6
    新しいアメリカンドリームは「国外移住」...5人に1人…
  • 7
    革命国家イラン、世襲への転落が招く「静かな崩壊」
  • 8
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国…
  • 9
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 10
    【銘柄】イラン情勢で「任天堂」が急落 不確実な相…
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 3
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収される...潜水艦の重要ルートで一体何をしていた?
  • 4
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで…
  • 5
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 6
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 7
    撃墜された米国機から財布やID回収か、イラン側が拡…
  • 8
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 9
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国…
  • 10
    米軍が兵器を太平洋から中東に大移動、対中抑止に空白
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 5
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 6
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収され…
  • 7
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story