コラム

ウルトラマンがウクライナ侵攻の時代に甦ることになった意味

2022年06月15日(水)15時46分

この成功は、映画のテーマとストーリーを下手に捻らず、シンプルで王道なものに落とし込んだから、ということが大きいだろう。骨格部分が安心して観られるからこそ、観客は自由に細部へと潜り込んでいける、というわけだ。ウルトラマンが当初は任務として人間を守っているうちに人間に愛着が沸き任務を超えた行為をしてしまう。人類はウルトラマンという強大な力に頼りがちになり、次第に自分で考えて何事かを成し遂げようとする気力を失うが、最後にはやはり人類は自主性と叡智をもって自ら困難に立ち向かわなければならない、ということに気づく。この二つの王道のテーマはまた、これまでのウルトラシリーズでも反復されてきたものであり、ここでもう一度そのテーマが繰り返されることで、『ウルトラマン』という物語の本質を今一度確認できるようになっているのだ。

シナリオは急ぎ足

脚本については、テーマがこれまでのウルトラシリーズの反復であるということに甘えて、やや先走ってしまっている感が否めない。たとえば既に指摘されていることだが、ウルトラマンがなぜ人類に対して強い執着を持つようになったのか、という点についてはあまり描かれていない。禍特対のメンバーとの交流も短い。特撮番組を見慣れている者は、両者の交流を描く数話分のエピソードを勝手に補完して観てしまうので、ウルトラマンが真に人類側の立場に立って戦うという展開を自然に受け入れることができるが、そのようなリテラシーを留保して観たとき、果たして十全なシナリオになっているかは怪しい。

だが、このことがこの映画にとって致命的な問題であるかといえば、そうではない。映画には尺があるので、省くべき箇所は省かなければならない。そしてこの映画が初めからファンムービーとしてつくられている以上、観客のリテラシーに期待できる部分は省いても構わない、と製作陣が考えたとしても、特に不合理だとは思えないからだ。確かに書き割りのようなシナリオや台詞まわしは観客の感情移入を拒否するが、感情移入が出来なければ見ていられないようなエモーショナルなシーンも特にないので、終始適度な距離感で鑑賞することができる。映画に「泣き」を期待するような観客は、そもそも庵野秀明の映画を見に行かないだろう。

公開延期によって生じた時代批評的な視点

『シン・ウルトラマン』は2021年夏に公開される予定であったが、コロナの影響により2022年に公開が延期されていた。その間、ロシアのウクライナ侵攻が起こり、それに伴い日本では一部の政治家や市民が、防衛予算の拡大や核武装の検討を声高に主張するようになった。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豪CBA、1─3月期は減益 住宅ローン延滞の増加見

ワールド

金総書記、露戦勝記念日でプーチン氏に祝意 「確固た

ワールド

米、対イスラエル弾薬供給一時停止 ラファ侵攻計画踏

ビジネス

4月末の外貨準備高は1兆2789億ドル=財務省
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    習近平が5年ぶり欧州訪問も「地政学的な緊張」は増すばかり

  • 4

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 5

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    迫り来る「巨大竜巻」から逃げる家族が奇跡的に救出…

  • 10

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 10

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story