コラム

「日本の規律が欲しい」とコロンビア人は言った

2014年06月27日(金)21時16分

 日本代表の最後の試合となったコロンビア戦は、メインスタンドの2階席の後ろのほうで見ていた。まわりはほとんどが黄色のユニフォームを着たコロンビア人という、超アウェイな環境だった。

 コロンビアの人たちは、まさか大家族というわけではないだろうが、スタンド3列分くらいは知り合いのように話をしていた。それどころか、アルコールを回し飲みしている。かっこいい湾曲した容器(後で調べたら「ボタバッグ」というものらしい)を高く掲げてグビグビと飲み、隣りに渡す。僕の右隣りのお兄さんが英語で「飲んでみる? 日本の酒みたいなものだよ」と言ってくれたので、いただいてみた。強っ! 焼酎に似ているような気がする。かっこいい容器は、牛の革で覆ったものだという。

 その日の試合については日本で語りつくされているだろうが、1-4という大差に僕自身は逆にすっきりした。1-2だったら「最初にPKを与えたのがよけいだった」と思うだろうし、1-3でも「あのときああしていたら・・・」という勝負の分かれ目を探しかねない。けれども1-4だと、これは地力の差としか言いようがない。なんといってもコロンビアは、打ったシュートがちゃんとゴールに入るのだ。

 試合が終わると、コロンビアの人たちは当然ながら大騒ぎを始めた。僕はあきらめ半分、しらけ半分の気分で、黄色いユニフォームの人たちの渦の中にただ座っていた。すると酒を勧めてくれた右隣りの彼が僕の肩をたたいて、「残念だったね」というようにうなずいてくれた。4-1でボコボコにした相手のファンにそんなことをすると誤解を招きそうだが、彼が日本人である僕をからかっているわけではないことはよくわかった。

 彼だけではない。このあとスタジアムを出るまでに、3人のコロンビア人が僕に「残念だったね」という気持ちを伝えてくれた。ある人は言葉で、ある人はジェスチャーで。PK戦で勝敗につながるミスをした選手を相手チームの選手までが慰めているシーンを目にすることがあるが、慰められている選手の気持ちがこの体験で少しだけわかった気がした。

 翌日、クイアバからブラジリア行きの飛行機に乗ると、これがまた黄色いユニフォームだらけだった。僕の席は3人掛けの窓際だったが、左隣の席に座っていた男性が「日本の人?」と英語で聞いてきた。僕はそうですと答えて「あなたは?」と聞いたが、これは愚問だった。彼はシャツの左胸にあるロゴを見せて「コロンビア」と答えた。その顔には明らかに「悪いね」という表情が映っていた。

 彼は続けて「日本でいちばんいい選手はエンドウか」と言った。遠藤選手には悪いが、外国の人がこんなふうに名前をあげるのはちょっと意外な気がしたので、「本田が日本のエースだという人が多いですね」と、つい言ってしまった。すると最初に質問をした男性のさらに左側に座っている男性が「ACミランでプレイしている選手だよね」と言う。なんだ、コロンビアのファンは日本のことをけっこう気にしてくれていたんじゃないか。

 そういえばスタジアムで酒を回してくれたお兄さんも「背番号13はなんていう名前だっけ? オクブ? オクべ?」と言っていた。もちろん大久保選手のことなのだが、代表に「サプライズ招集」されたとして話題になった大久保の名前も、正確ではないにせよ頭に入っているとは、コロンビアのサポーター恐るべしである。

 コロンビアのサポーターとこれだけ話ができたのは、とても楽しい経験だった。僕がブラジルで話ができる現地の人は、どうしてもホテルやレストランのスタッフ、あるいはタクシーの運転手などに限られてしまう。でも彼らは往々にして英語を話さないし、僕はポルトガル語を話せない。だからタクシーの運転手が「日本から来たのか。日本のフチボウ(フットボール)は......」などと話しはじめても、適当に相づちを打つしかない。実はこちらが思いもしないような興味深いことを言っているかもしれないのだが。

 この試合をめぐる一連のやりとりで最も興味深かったのは、酒を回してくれたコロンビア人男性が試合終了後に僕に言った言葉だ。

 "I wish we have your discipline."

「コロンビアにも日本のような規律が欲しい」といった意味だろう。4-1で勝った相手のファンに言うことではないように思えるが、彼がまじめに言っていたことは明らかだった。

 この試合を見て、日本代表の「規律」が優れていたと今さら感じた日本人ファンはほとんどいなかったに違いない。なにしろ大差で負けているのだ。けれども外国人の目から見れば、僕らには見えないことが浮き彫りになることもあるのだろう。

 コロンビア人の彼の言葉は、代表のプレイスタイルについてだけではなく、おそらく国そのもののあり方についても無意識に触れたものだ。日本のメディアが日本代表について「組織で戦うのが強み」と、口癖のように言ってしまうのに似ている。代表のサッカーを語るとき、人々は「われわれ国民はこうあるべき」という点を知らず知らずのうちに語っていることがある。それが世界で最も人気のあるスポーツといわれるサッカーの面白い部分であり、怖いところだ。

 4年に1度のワールドカップの成績をめぐって国のムードが大きく変わるのも、サッカーだからこそなのだろう。

プロフィール

森田浩之

ジャーナリスト、編集者。Newsweek日本版副編集長などを経て、フリーランスに。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)メディア学修士。立教大学兼任講師(メディア・スタディーズ)。著書に『メディアスポーツ解体』『スポーツニュースは恐い』、訳書にサイモン・クーパーほか『「ジャパン」はなぜ負けるのか─経済学が解明するサッカーの不条理』、コリン・ジョイス『LONDON CALLING』など。

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