コラム

「現代のパトロン」クラウド・ファンディングの落とし穴

2013年12月21日(土)13時27分

 アメリカではすっかり定着した感のあるクラウド・ファンディング。ここから面白い製品やコンピューターゲーム、イベント、そしてアート作品が続々と生まれている。

 クラウド・ファンディングは、製品や作品を作りたいイノベーターやクリエーターが、インターネットを通じでアイデアを公開、アピールし、それを見た普通の人々に資金を提供してもらうというしくみ。資金提供はたいてい数ドルとか数10ドルといった単位の少額からできるので、個々人のリスクは小さく、けれども全体としては大きな額になる。それで、プロジェクトをスタートできる。

 おもしろいアイデアはあるが制作資金のないデザイナー、広告費をかけられないので観客を集められない劇団、ドキュメンタリーを撮りたいがお金のない映像作家などが、クラウド・ファンディングのサイトを通じて共感を抱いてくれる人々を世界中から探し出し、彼らの資金援助によって自分の夢を実現してきた。日本円にして何億円もの資金を集めたプロジェクトもいくつかある。

 この「人々による」ファンディングはベンチャー・キャピタルや銀行に頼らなくていい資金集めの新たな方法として注目されている。

 ところが、プロジェクトの実績が増えるにつれて、いろいろ問題点も見えてきた。それをいくつか挙げてみよう。

 たとえば、クラウド・ファンディングはごく一般の人々が個人でスポンサーするということになっているのに、すっかり商売の場になってしまっていたことがあった。代表的なクラウド・ファンディングのサイト、キックスターターでのことだ。

 基本的なクラウド・ファンディングのサイトのしくみは、クリエーターが目標額を設定して資金を募る。それに共鳴する人々が自分の希望する額を出す。たいていは、数ドルから数100ドルまで段階的に額がセットされている。目標額が100%集まれば、プロジェクトがスタート。そして、プロジェクトが完成した暁には、額に応じてTシャツをもらったり、製品そのものを受けとったりする。

 商売の場のようになってしまったという問題は、ふたつのかたちで起こった。

 ひとつは、一部のクリエーターが、出資の報酬としての完成品を何100個単位で設定し始めたこと。出資した人が、それを転売するのを見込んでのことだ。クリエーターは、一気に多額の資金を集めたいと意気込んでのことだろう。だが、彼らのせいで個々人が少しずつ資金を出すという、元来のクラウド・ファンディングの目的がボヤけてしまい、サイトがまるで卸売市場のようになってしまったのだ。

 他方では、ショッピング・サイトと勘違いしてただ面白いものを買おうとしてやってくる人が増えたことだ。彼らは、まだ構想段階でしかないアイデアを製品と早とちりして、リスクも知らずにお金を出したりする。またプロジェクトをサポートするという気も当然のことながらない。それが後でプロジェクトが遅れたりキャンセルされたりした場合に大きなトラブルの元になる。

 クラウド・ファンディングのプロジェクトは、一定期間中に目標額の満額が集まらなければキャンセルされるし、場合によってはプロジェクトが開始しても、問題に直面して中断することもある。前者のケースでは、満額になるまで課金されないから、がっかりする以上の痛手はないが、後者の場合は、出資した金が戻ってこない。

 キックスターターは「ここは店ではありません」と断って、その後いろいろなルールを厳しくした。一般の人々にも、これがまだ構想段階であることがわかるようにデモ・ビデオを作り、報酬として提示する製品の個数に制限をつけるなどだ。

  詐欺事件もよく起こっている。「こんなプロジェクトをやります」というプロ級のデモ・ビデオをまことしやかにアップして、資金を集めてドロンしてしまうのだ。

 今夏にも、「KOBEビーフを利用したビーフジャーキー(干し肉)」を作ると謳ったプロジェクトが、12万ドル(約1200万円)の資金集めを終えようとしていた時に怪しいと分かって、プロジェクトが閉鎖されたことがあった。出資を募っていたのは、キックスターターのサイト上だった。投資した人々は、すんでのところで金をだまし取られるところだったのだ。

 他方、そんな悪意はないが、プロジェクトが中断してしまうこともある。特に最近のメイカーブームのせいで増えているハードウエアのプロジェクトでよく起こる。アイデアを練り、絵を描いて、プロトタイプを作るくらいのところまではいいが、その後は大変な知識を必要とするプロセスだ。何100、何1000と量産するための材料や部品の調達はどうするのか、製造はどこでやるのか。

 たいていは、経験がないためにコスト計算を間違って、思った以上に金がかかるということがわかったりする。プロジェクトがその結果取り止めになっても、資金を提供した人々には金は戻ってこない。

 もっと高度なリスクもある。たとえば、大切なIP(知的財産)をみんなに公開してしまって、真似されてしまうというケース。大切に育んだいいアイデアを公開したばかりに、制作や製造のプロが横取りして簡単に作ってしまう。

 また、クラウド・ファンディングで失敗すると、なかなか立ち直れないらしい。

それはこういうことだ。ベンチャー・キャピタルから資金を集めようとした際には、ここで断られたら次へ行くということができる。そして、いったん資金をもらったら、ベンチャー・キャピタルが失敗させないようにあの手この手を打つだろう。万が一失敗しても、かつてベンチャー・キャピタルから資金を調達したということ自体が、肯定的な過去の業績になることもある。

 ところが、クラウド・ファンディングでしくじってしまうと、とても公に失敗をさらすことになる。しかも資金を出すのは普通の人々なため失敗に慣れておらず、反応も否定的になる。資金を出した人々から「ひどい失敗をした人」というレッテルを貼られてしまって、それが広まり、少なくとも二度と同じクラウド・ファンディングのサイトで資金を集めることはできないだろう。

 何でも、キックスターターの場合は、目標資金の100%を受けてプロジェクトが成立したものでも、過半数が完遂しないという。また、約束した期日よりも完成が遅れることも多い。

 そして、もうひとつ。クラウド・ファンディングで資金が集まれば、その製品やプロジェクトは実現するかもしれないが、それが必ずしもいい会社を起業することにすんなり結びつくわけではない。プロジェクトはそれ1回限りのできごとだが、会社は永く続く存在だ。ひとつのプロジェクトが終わっても、その後に続く違ったプロジェクトを支えていくだけの人的な環境の良し悪しは、クラウド・ファンディングだけでは見分けがつかない。クリエーターは、これで会社が作れると喜んでも、後で痛い思いをすることもあるだろう。
 
 普通の人々による現代のパトロンと美化されることも多いクラウド・ファンディングだが、ことはそれほど単純ではないということだ。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

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