コラム

米新聞デジタル版にまた有料化の波

2011年02月14日(月)12時00分

 アメリカの新聞のデジタル版に、ジワジワと有料化の気配が忍び寄っている。

 昨年から発表されていたが、ニューヨーク・タイムズはこれまで無料だったウェブ版やiPad版への課金を近く始める予定だ。詳細はまだ発表されていないが、何種類かの料金体系が設けられるらしく、ヘビーユーザーは毎月20ドルほどで無制限のアクセスが認められ、デジタル版がすべてバンドルされるという。つまり、ウェブ版もiPadもキンドル版も、20ドルですべて見られるということだ。

 それほどヘビーユーザーでもない人々は、一定数以上の記事にアクセスしようとすると、支払い手続きをしなければ先へ進めなくなる。

 ニューヨークタイムズ側の発表によると、毎日大量の記事を読んでいるヘビーユーザーは全体の15%ほどで、他のユーザーは検索エンジンからやってきたりするらしい。つまり、ほとんどの人々は無料のままで用が足せる。そして、ニューヨークタイムズを毎日の糧にしているような人々は料金を払うが、彼らには異論はないだろうというわけだ。

 新聞の有料化では、つい先頃ニューズ・コーポレーションのiPad新聞『ザ・デイリー』が発刊された。iPadで定期購読販売される初めての新聞だ。新聞というよりは、カラー写真満載、ビデオもついて、新種のタブレット・メディアという趣向。ページ数としては数10ページある。こちらは、1週間で99セント、年間購読で39.99ドルだ。

 上記の二紙に、当初から有料化しているウォールストリート・ジャーナル、そしてまだ方針が明らかでないワシントン・ポストあたりが、アメリカの新聞でデジタル版に課金をしても、それなりの理由がつけられるという新聞だろう。

 それぞれの理由は異なる。ニューヨーク・タイムズは包括的で信頼のあるニュース報道で、ウォールストリートはビジネス・金融に特化した報道で、ワシントン・ポストならば、政治関連に強い報道メディアだから、そしてザ・デイリーは、タブロイド的に軽く楽しめる新しいニュース形態として、ということになる。他の多くの新聞がそのなりゆきを見守っているだろうが、そうした特徴がなければ、ウェブに情報があふれる今、有料化に踏み切るのは難しいだろう。

 ただ、ニューヨーク・タイムズ、ウォールストリート・ジャーナル、ザ・デイリーの三紙でも値段設定がバラバラで、新聞業界の混乱ぶりが伺える。ニューヨークタイムズは、1週間に換算すると5ドル、ウォールストリートは3ドル、ザ・デイリーはたったの99セント。日本から見ればどれも激安だが、ニューヨーク・タイムズが高いのはプリント版からデジタル版に購読者が移行した際の、購読料のさらなる落ち込みに備えた保険になっているからだと言われる。

 これまでタダで読んでいたのに、これから毎月20ドルを払うかどうか。この値段は高いかどうか。私自身は、払う価値の充分にある値段だと思う。ニューヨーク・タイムズの記事はどれも長く、1本の記事を読んでいるだけで、事件の背景などのコンテキストが見えてきたりする。学習効果も高いのだ。アーカイブにもアクセスできるのも、ありがたい。

 それに実に面白いのは、過去7、8年ほどの間だけでも、この新聞のデジタル化に際しては購読者があれこれの試行錯誤につき合ってきたことだ。私が覚えているだけでも、記事が一度は有料化されてまた無料に戻ったり、アーカイブが一部有料、一部無料になったりした時期もあった。

 前言を覆す恥もさらしつつ、それでもニューヨーク・タイムズ側は採算と時代環境が折り合う最適解を求めて実験を繰り返す。それに購読者は文句も言わずについてきたわけだ。こんな透明な方法で試行錯誤を見せるのもすごいが、そこにはメディアと読者のかなり強い信頼関係があることを感じさせられるのだ。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国、エヌビディアが独禁法違反と指摘 調査継続

ワールド

トルコ裁判所、最大野党党首巡る判断見送り 10月に

ワールド

中国は戦時文書を「歪曲」、台湾に圧力と米国在台湾協

ビジネス

無秩序な価格競争抑制し旧式設備の秩序ある撤廃を、習
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 3
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 4
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    【動画あり】火星に古代生命が存在していた!? NAS…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story