コラム

危機管理能力のない民主党と平和ボケした自民党

2010年11月25日(木)17時51分

 今週の本誌の特集は「アジアが戦場になる日」。印刷されたのは23日に北朝鮮の砲撃が起こる前だからこれは偶然だが、この特集の予想が当たりそうな情勢になってきた。今のところ北朝鮮の砲撃はやみ、韓国側も報復しない情勢なので、これが一挙に戦争に結びつくとは思えないが、相手は正常な判断力の期待できない政権であり、日本も警戒が必要だ。

 ニューズウィークも特集を組んでいるように、今回のような事態は予測できた。北朝鮮は、金正日総書記から三男の金正恩(中央軍事委員会副委員長)に政権を委譲する過程で、政権の力を誇示するために軍事行動を起こす可能性があった。特に今回は、韓国の軍事演習に対して北朝鮮があらかじめ「挑発とみなす」と警告しており、演習が始まって1時間後に砲撃してきたことを考えると、日本政府も監視しておくべきだった。

 ところが砲撃が2時34分に起こったあと、菅首相が首相官邸に到着したのは4時44分。記者団に「いつ知ったのか」と質問されて「北朝鮮が韓国の島に砲撃を加えたという報道があり、私にも3時半ごろに秘書官を通じて連絡があった」と、第一報をテレビで知ったことを明らかにした。「報道で知った」という発言を批判されて、あとから「外交筋の連絡でテレビをつけたらやっていた」と訂正した。

 私のツイッターでは、3時20分に日本経済新聞が「南北境界線付近に砲弾、北朝鮮が発射か 韓国メディア」と伝え、21分に共同通信が「韓国軍当局者は、北朝鮮が黄海の南北境界水域に砲撃を行ったと明らかにした」と伝えている。ツイッターより情報の遅い「外交筋」とは何なのか。韓国大使は、何のためにソウルに駐在しているのか。

 おまけに伊藤哲朗・内閣危機管理監が首相官邸に到着したのは(3時30分に)一報を受けてから約1時間10分後の4時40分ごろ。岡崎トミ子国家公安委員長は、砲撃があった23日に警察庁に登庁しなかった。彼女は「随時報告を受け、適宜指示していた」と国会で答弁したが、これは登庁しようと思えばできたということだろう。

 菅首相は、自衛隊の最高指揮官であり、彼の命令なしに自衛隊が勝手に迎撃することはできない。この意味を彼は理解しているのだろうか。今回は局地的な砲撃だからよかったが、もし北朝鮮から核ミサイルが飛んできたら約10分で着弾するといわれるので、こんな対応では、指揮官が官邸に着く前に東京が焼け野原になっているだろう。

 この点では、自民党もほめられたものではない。仙谷官房長官が自衛隊を「暴力装置」だと発言した問題で、自民党の世耕弘成議員はその撤回を要求し、丸川珠代議員は「自衛隊の方々にとって大変失礼極まりない、とんでもない発言だ」として、仙谷長官の罷免を要求した。自衛隊が暴力なしでどうやって国土を守るのか、教えてほしいものだ。

 自衛隊は世界最大級の殺傷能力をもつ軍隊であり、暴力装置である。国家の本質が「合法的な暴力の独占」であることは、マックス・ウェーバー以来の政治学の常識だ。それは今回の北朝鮮の攻撃で、図らずも示された。

 日本は、戦後65年にわたって戦争を経験したことのない稀有な国だ。それは平和憲法のおかげではなく、米軍基地に守られていたからである。その証拠に、朝鮮半島から米軍が撤退した直後に北朝鮮が南に侵略して朝鮮戦争が始まった。戦争を起こすのは武器ではなく、それを使う人間である。もっとも危険なのは、軍事力の均衡が破れたときなのだ。

 しかし多くの日本人は戦争の経験がないので、米軍や自衛隊のありがたさがわからないのだろう。軍事力や警察力は、完全に機能したときは何も起こらないので、価値がわからない。暴力装置の意味を平和ボケした日本の政治家に知らせたという意味では、今度の事件にもプラスの意味があったのかもしれない。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏なら強制送還急拡大か、AI技術

ビジネス

アングル:ノンアル市場で「金メダル」、コロナビール

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型ハイテク株に買い戻し 利下
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 7
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 8
    拡散中のハリス副大統領「ぎこちないスピーチ映像」…
  • 9
    中国の「オーバーツーリズム」は桁違い...「万里の長…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 6
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story