コラム

「アルテミス世代」の宇宙飛行士候補が受ける訓練の内容とは? 初公開されたその一部と、記者会見で2人が示した「圧倒的コミュ力」

2024年02月15日(木)19時55分

一方、諏訪さんは、宇宙飛行士候補者決定の記者会見で「目標をたてて淡々と努力をすることは得意な方だと思います。長時間でも諦めない粘り強さも持っています」「この年齢で選抜されたということは、今までの経験との掛け算でどのような付加価値を社会に還元できるか問われると思っています」と語るなど、真面目で実直な印象がありました。直前に見学した訓練では、黙々と取り組むストイックな姿が怖いくらいで、近寄りがたい印象すらありました。

ところが会見では、諏訪さんは微笑みを絶やさず、記者の質問に寄り添ったり、同じ質問に先に回答する米田さんの答えを発展させたりする場面が随所に見られました。温かい人柄と負けん気、茶目っ気といった人間臭さも感じ取ることができました。

たとえば、筆者が「訓練中に2人で助け合ったエピソード」を尋ねると、米田さんはブルースーツを着たまま立ち泳ぎを10分間する訓練があったときに「難しいな、しんどいな」と思っていたら、諏訪さんが「喋っていたほうがいい(気が紛れる)」と提案し、しかも語学の練習になるからと英語やロシア語で話し続けたら、10分間があっという間で成し遂げることができたと答えました。

諏訪さんはそれを受けて、「実は途中からつらくて、話すのをやめようかなと思った瞬間もあったんですが、ここで喋るのを止めると、周りで見ている人に『あいつ、つらくなってきたな』と悟られそうでそれは嫌だと思い、無理矢理付き合わせてしまいました」とユーモアを交えて語りました。

日本人宇宙飛行士が惑星探査で活躍する日

人柄やコミュニケーション能力によって、周囲の人たちに「この人のために協力したい」と感じさせる魅力があることは、宇宙飛行士に必須な特性でしょう。

阿部グループ長は訓練内容を説明する場で、「2人は非常に優秀で、講義に対する理解だけでなく体を動かすことも得意。他の機関に負けない飛行士を育成しなければと責任を感じる」と語りました。さらに会見後、筆者が会場にいた阿部さんに「昨年の会見よりも2人ともリラックスしていて、会話も楽しくて、思わずファンになりました」と伝えると、「立派な会見で、泣いちゃいました。訓練のおかげではなく、本人たちの素晴らしい資質と努力ゆえです」と嬉しそうに話したことが印象的でした。

最新情報によると、アルテミス計画の飛行士の月面着陸は26年9月に延期され、日本人宇宙飛行士の月面着陸は早くても28年頃になりそうです。JAXAは、米田さん、諏訪さんが基礎訓練を終えて宇宙飛行士に認定されれば、この2人を含めたJAXAのすべての宇宙飛行士の中から、月面に降り立つ2人を決定する予定だと言います。

関係者に温かく見守られながら訓練を積んだ日本の宇宙飛行士が、惑星探査で活躍する日はすぐ近くまで来ています。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ETF含み益「けっこうある」、株安でも直ちに期間損

ビジネス

25年度PB黒字化が視野に入る努力続ける=新藤経済

ビジネス

午前の日経平均は続伸、一時500円超高 米インフレ

ワールド

イスラエル、ガザ巡るバイデン氏の計画受け入れ=首相
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
2024年6月 4日号(5/28発売)

強硬派・ライシ大統領の突然の死はイスラム神権政治と中東の戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 2

    キャサリン妃「お気に入りブランド」廃業の衝撃...「肖像画ドレス」で歴史に名を刻んだ、プリンセス御用達

  • 3

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...すごすぎる日焼けあとが「痛そう」「ひどい」と話題に

  • 4

    「自閉症をポジティブに語ろう」の風潮はつらい...母…

  • 5

    1日のうち「立つ」と「座る」どっちが多いと健康的?…

  • 6

    ウクライナ「水上ドローン」が、ロシア黒海艦隊の「…

  • 7

    ヘンリー王子とメーガン妃の「ナイジェリア旅行」...…

  • 8

    「娘を見て!」「ひどい母親」 ケリー・ピケ、自分の…

  • 9

    「みっともない!」 中東を訪問したプーチンとドイツ…

  • 10

    中国海外留学生「借金踏み倒し=愛国活動」のありえ…

  • 1

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 2

    キャサリン妃「お気に入りブランド」廃業の衝撃...「肖像画ドレス」で歴史に名を刻んだ、プリンセス御用達

  • 3

    中国海軍「ドローン専用空母」が革命的すぎる...ゲームチェンジャーに?

  • 4

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像を…

  • 5

    ハイマースに次ぐウクライナ軍の強い味方、長射程で…

  • 6

    仕事量も給料も減らさない「週4勤務」移行、アメリカ…

  • 7

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 8

    都知事選の候補者は東京の2つの課題から逃げるな

  • 9

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 10

    「自閉症をポジティブに語ろう」の風潮はつらい...母…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story