コラム

食塩には甘味も隠されている? 「塩化物イオン」の役割と塩の味にまつわる多様な研究

2023年03月28日(火)13時00分

岡山大グループの研究は、塩が持つ「ほんのりと甘い味」を知覚するメカニズムを解明しました。一方、塩を象徴する味である「塩味」の感知については、いつ頃に詳細が分かったのでしょうか。

塩味はナトリウムイオンによるもので、センサーは上皮型ナトリウムチャネル(ENaC)であるということは30年以上前に分かっていましたが、ENaCを発現する塩味受容細胞(塩味細胞)の正体や情報伝達のメカニズムは不明のままでした。2020年までに、5つの基本味のうち、塩味以外のすべての味物質の受容細胞、センサー分子、細胞内情報伝達系、神経伝達機構は明らかとなっていましたが、塩味の場合は細胞をナトリウムイオンで刺激して細胞応答を測定するのが難しいことから、研究が遅れていました。

京都府立医大の樽野陽幸教授らのグループは同年、マウスの実験を通して塩味細胞がどのような仕組みで塩味を生み出しているのかを解明することに成功しました。研究成果は米神経科学雑誌「Neuron」に掲載されました。

京都府立医大のグループは、①ENaCを介して細胞内にナトリウムイオンが流入する、②別のNa+チャネルによって増幅されて生じた活動電位にCALHM1/3チャネルが応答する、③CALHM1/3チャネルは神経伝達物質ATPを放出し、味神経を活性化させて塩味を生じさせるというメカニズムを発表しました。同グループはENaCに依存しない塩味受容システムが存在する可能性も示唆し、塩を美味しく感じる仕組みの複雑さに言及しています。

「塩の味はどれも同じ」感じ方が違うのはなぜ?

食塩は海水や岩塩が原材料です。国際食品規格委員会(コーデックス委員会)は「食用塩の塩化ナトリウム純度は97%以上」と定めており、残りは副成分と呼ばれるカルシウム、カリウム、マグネシウムなどで構成されています。

近年は、国内外の多種多様な食塩が入手しやすくなりました。産地によって副成分や粒の大きさが異なっているため、料理本には「肉料理には岩塩、魚料理には海の塩を使う」などの使い分けがアドバイスとして書かれていることもあります。

ところが、ピッツバーグ大の名誉化学教授であるロバート・L・ウォルク氏は、『ワシントン・ポスト』紙で連載していた食品科学コラムで、「塩の味はどれも同じ。感じ方が違うのは形状によるもの」と指摘しました。「岩塩よりも精製された食卓塩のほうが塩辛いという人がいるが、食卓塩の小さくて密度が高い結晶は、ゆっくりと溶ける岩塩の立方体の結晶よりも塩辛さが早く押し寄せてくるからだ」というのです。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、今後5年間で財政政策を強化=新華社

ワールド

インド・カシミール地方の警察署で爆発、9人死亡・2

ワールド

トランプ大統領、来週にもBBCを提訴 恣意的編集巡

ビジネス

訂正-カンザスシティー連銀総裁、12月FOMCでも
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 2
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 3
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...その正体は身近な「あの生き物」
  • 4
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 7
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 8
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 9
    「腫れ上がっている」「静脈が浮き...」 プーチンの…
  • 10
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story