コラム

死の間際の「走馬灯」は実在する? 世界初の脳波詳細記録と臨死体験の研究史

2022年03月08日(火)11時25分

英サウサンプトン大では2008年から、「The AWARE」と呼ばれる臨死体験の大規模な調査プロジェクトが開始されています。2014年の中間報告では、2060名の心停止患者のうち330名が蘇生し、その中の140名(約40%)が心停止中に意識があったと記されています。

走馬灯体験をしやすい人の4つの特徴

臨死体験は、モルヒネ様の作用を持つエンドルフィンが分泌されて起こる、脳の酸素濃度の低下や二酸化炭素濃度の上昇によって幻覚を見るなどと説明されます。

死の間際に走馬灯のように昔の記憶が見えることは海外でも広く認識されており、1928年にイギリスのサミュエル・アレクサンダー・キニア・ウィルソンが「パノラマ記憶」と名付けました。

走馬灯体験を200人以上から聞き取り調査したのは、アメリカの精神科医ラッセル・ノイス・ジュニアと臨床心理学者ロイ・クレッティです。二人は走馬灯体験をしやすい人の特徴を①自殺などの故意ではなく、突然、死の危険に直面する、②とくに溺死や自動車事故、転落などの死の危機に瀕する、③20歳以下、④危機的状況で自分はもう死ぬのだと確信する、とまとめました。

走馬灯体験が起こる原因は、人は死の危険に直面すると、助かりたい一心でなんとか助かる方法を脳から引き出そうとするために記憶が映像的に一気によみがえる、アドレナリンが分泌されて脳に変化をもたらして記憶をよみがえらせるなどと考えられています。この臨死体験の間は、次々に映像が切り替わり、自分は第三者的に映像を見つめます。思考速度も加速されて時間の長さが引き伸ばされたようになり、多幸感も伴うと言います。

てんかん発作の脳波検査中、偶然記録される

今回の成果は、バンクーバーを拠点にする研究チームが、2016年に世界で初めて人が死ぬ瞬間の脳の状態を詳細に記録できたことが発端です。

人が対象となる研究や臨床研究を行う場合は、対象となる人の尊厳や人権を尊重するために、研究実施施設に設置された倫理委員会によって倫理的側面や実施の妥当性が審議されます。もし、「瀕死の患者に測定器具をつけて、死の瞬間の脳波を詳細に測定したい」と研究申請したとしても、倫理委員会は通すことは難しいでしょう。

研究論文の責任筆者で、現在は米ルイビル大学に籍を置く神経内科医アジマル・ゼマール博士は、「もともとはてんかん発作のある87歳男性の脳波検査が目的だったが、検査中に心臓発作で突然死したため、予期せず人が死ぬときの脳の状態が記録された」と説明します。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

潜水艦の次世代動力、原子力含め「あらゆる選択肢排除

ビジネス

中国債券市場で外国人の比率低下、保有5カ月連続減 

ワールド

台湾、米国との軍事協力を段階的拡大へ 相互訪問・演

ワールド

ロシアがキーウに夜間爆撃、6人死亡 冬控え全土でエ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない…
  • 5
    米軍、B-1B爆撃機4機を日本に展開──中国・ロシア・北…
  • 6
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 7
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    汚物をまき散らすトランプに『トップガン』のミュー…
  • 10
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 6
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 7
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 8
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 9
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 10
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story