コラム

世界の脅威はテロから中ロへ、トランプ対中制裁の思惑

2018年04月16日(月)10時50分

習近平国家主席とプーチン大統領の独裁力はテロ以上? REUTERS

<対テロ戦争に乗じて国内弾圧を強め、独裁体制を固める中国とロシア。地政学的激動を恐れるアメリカと無邪気な日本>

トランプ米大統領は3月22日に対中制裁を発動した。こうした動きは実は単なる貿易問題にとどまらず、戦略的認識の転換とも連動している。

世界は今、大きく変わろうとしている。まず、アメリカは1月に米国防総省が国家防衛戦略を発表。国際社会にとっての脅威はもはやテロではなく、中国とロシアからなる「現状変更勢力」だとの認識を示した。

いわば、中ロ両国が第二次大戦後の世界秩序の改変を目指しているとの位置付けだ。さらに中ロはアメリカの協力者ではなく、どちらも競争相手だと明言した。

中国とロシアは米中心の世界的趨勢とは正反対の道を歩み続けている。そもそもアメリカと国際社会が推進する「反テロ」と、中ロのそれとは根本的に異なる。アメリカの反テロは9.11同時多発テロ事件がきっかけだった。その原因も単純ではなく、根底に西洋によるイスラム世界の植民地化以来、いまだに続く覇権主義的な国際関係があることは否めない。

そうした構造的な不公平が固定化した責任はアメリカだけにあるわけではない。だがテロの標的となったアメリカによる「正義」の作戦は現在も続いている。テロ組織の掃討戦によって9.11テロを行ったアルカイダは弱体化し、ISIS(自称イスラム国)も支配地を大幅に縮小。米主導の反テロは勝利間近だ――少なくともトランプと側近の将軍たちはそうみているようだ。

9.11テロによるアメリカの混乱を心底喜びながら徹底的に利用したのが中ロ両国だ。国際社会の反テロを国連安保理の常任理事国として支持する代わりに、その政策を自国の統治に悪用。中国共産党やロシア政府に不満を抱く少数民族組織をも「テロ組織」として認定するようアメリカに迫った。

こうして反テロを急ぎたいワシントンの政治家と中ロは汚い取引を交わす。ここから中国はウイグル人の正当な抵抗運動を全てテロと断定。血なまぐさい弾圧を「正義」の反テロと強弁するようになった。ロシアもカフカスのチェチェン人による抵抗を武力侵攻の口実とし、親ロシア政権を建てた。

一見壊滅したとされるISISは実はシリアとイラクから東方へ移動。アフガニスタンに結集しつつあり、首都カブールでのテロも増えてきた。ISISがウイグル人戦闘員を加え、パミール高原を越えて新疆ウイグル自治区に侵入するのはもはや時間の問題だろう。それを新たな脅威と理解した中国は少なくとも2年前から人民解放軍をひそかにアフガニスタンに派遣している。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

政策調整、注意深く適切に 「遅すぎず早すぎず」=野

ビジネス

新規国債11.7兆円追加発行へ、歳出追加18.3兆

ビジネス

日経平均は3日続伸、5万円回復 米利下げ期待などが

ワールド

NZ補給艦、今月台湾海峡を通過 中国軍が追跡・模擬
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 5
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 10
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 9
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story