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ラッシャー貴子|イギリス

厳しい暮らしを反映するクリスマスCMが話題に

英国のクリスマスを考える時には、日本のお正月を思い浮かべて、それをもう少し大げさに考えるのがいいかもしれない。12月に入るとクリスマスカードが届き始めて、街もビジネスも世間話もすべてがクリスマスになる。この時期を楽しみに1年を過ごす人も多い。伝統的にはクリスマスは家族と過ごすものだったので、この時期にひとりでいるのは寂しいという感覚が根づよい。写真 iStock romrodinka

 クリスマス前には毎年、力の入った広告が発表される。なかでも毎年話題になるのが、全国展開する国民的デパート、ジョン・ルイスのテレビCMだ。ほのぼのと心温まる設定で、「大切な人に大切な贈りものを」というメッセージを2007年から送り続けている。今ではすっかりこの時期の風物詩になっていて、これが発表されるとクリスマスへのカウントダウンが始まったなと感じる。わたしはこのCMの大ファンで、毎年欠かさずにウォッチしている。

 まずはどんなものだか、去年の映像をどうぞ(今年のものや過去のCMは後ほど)。言葉はあまり話さず、観るだけでほぼわかるように作られています。

ジョン・ルイスのYouTube投稿より、2021年のクリスマスCM。男の子が森で出会ったのは金属の乗り物に住む不思議な女の子。クリスマスに食べるミンスパイを教えたり、雪遊びをしたりして仲よくなったけれど......。挿入歌は80年代の大ヒットTogether in Electric Dreams(邦題「やさしく夢見て」)。「愛は終わらないよね、どんなに離れてもぼくらはずっと一緒だね」という歌詞も、カバーバージョンのやさしい歌声も、ピュアな恋心にぴったり。

「クリスマスには愛情や感謝を表そう」をテーマに、さりげなくプレゼントの購入を促しつつ、やさしい映像から感情に訴える力作が続いている。昔のヒット曲をアコースティックにカバーして、ノスタルジーをかきたてるのも上手で、国外でも話題にのぼるらしい。CMに合わせたキャラクター商品を販売したり、挿入されたカバー曲やそのオリジナル曲の売り上げが伸びたりと、CMによる経済効果もある。ジョン・ルイスのやさしいクリスマスCMを見るたびに、「いい人間になろう」と毎年気持ちを新たにしている。

 けれども、ジョン・ルイスのCMはおとぎ話のようなもの、もっと現実に目を向けるべき、という見方もあって、毎年、ジョン・ルイスに対抗する広告(宣伝目的でなくて、個人の作品のようなものを含めて)がいくつか発表される。これがAlternative John Lewis Christmas advertsだ。日本語で言うと、「もうひとつのジョン・ルイスのクリスマスCM」「ジョン・ルイスの裏クリスマスCM」という感じになるのかな。ジョン・ルイスの名前をわざわざ出さず、ただ思う通りに作ればいいのにとも思うけれど、確立したものにあえて対抗するのはパンクを生み出した英国らしい気もする。

 この「裏CM」は基本的にジョン・ルイスの作風に即していて、ほとんどセリフのないストーリーが静かな音楽に乗せて進んでいく。ただ、こちらは厳しい現実をリアルにぐっと突きつけてくる。家族や友人と過ごす時期だからか、取り上げられる社会問題や現実は「孤独」が多い。

 たとえば、2020年に話題になった裏CMがこの動画だ。

制作者サム・クレッグさんのYouTube投稿より。ユーチューバーのサムさんはシンガーソングライターでもある。2020年のクリスマスはコロナ禍真っ只中で、外出が厳しく規制されていた。高齢者が孤立することも心配されていたので、この支援を思いついたそうだ。身近で手作りした映像で、出演している男性はサムさんのお父さんだそう。

 ブルテリアとなかよく暮らす年老いた男性。クリスマスも近い日に犬がいなくなり......。ほのぼのした内容かと思いきや、思わぬ展開に衝撃を受ける。この動画は制作者サム・クレッグさんの音楽の宣伝ではあるけれど、彼が歌う挿入曲を買うと1曲ごとに79ペンスが孤独な高齢者支援に寄付されるので、慈善活動ということもできる。厳しい現実を見せた方が問題を観る人に訴えやすく、寄付につながるということなのかな(この動画を観て辛い気持ちになってしまった心やさしいあなた、このハッピーエンド版で気を取り直してくださいね。動画を観て悲しんだ人たちからのリクエストで後から作ったそうです)。

Profile

著者プロフィール
ラッシャー貴子

ロンドン在住15年目の英語翻訳者、英国旅行ライター。共訳書『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』、訳書『Why on Earth アイスランド縦断記』、翻訳協力『アメリカの大学生が学んでいる伝え方の教科書』、『英語はもっとイディオムで話そう』など。違う文化や人の暮らしに興味あり。世界中から人が集まるコスモポリタンなロンドンの風景や出会った人たち、英国らしさ、日本人として考えることなどを綴ります。

ブログ:ロンドン 2人暮らし

Twitter:@lonlonsmile

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