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England Swings!

ラッシャー貴子|イギリス

タンクローリーの運転手不足でガソリンスタンドに長蛇の列

写真 iStock-coldsnowstorm

 9月最後の週末、あちこちのガソリンスタンドに行列ができた。順番が来るまで2時間も3時間も待つ長い長い列で、スタンド周辺に何キロも渋滞が起きる地域もあった。レギュラーガソリンも軽油もすっかり売り切れて一時閉鎖した店もあると聞いて、なんとも不安な気分に包まれた。

 どうしてこんなことになってしまったのか。ガソリンがないわけではなく、原因はタンクローリーの運転手不足だ。ガソリンや化学物質を運ぶタンクローリーと食品などを運ぶ大型トラック、どちらも今、運転手が国内で圧倒的に足りないのだ。

 ガソリンは製油所にあるのに、配送できないからスタンドに届かない。マスコミ報道などでそれを知った人が少しでも確保しようとパニック買いに走って大行列を作り、さらに給油しにくくなってしまった。じゅうぶんあるから大丈夫、とどんなに保証されたって、スタンドに届かなければないも同然。車離れや電気自動車が広がりつつあるとはいえ、ガソリンで走る車がまだ主流のこの国では、車が動かないと生活に支障が出るのだからやはり焦る、という気持ちはわからなくはない。パニック買いはよくないけれども。

 大型トラックの運転手が足りないというのは以前から言われていたことで、物流の混乱も始まっていた。特に今年に入ってからはスーパーの棚ががらがらになった、牛乳の配達が遅れてマクドナルドでミルクシェイクが作れない、という報道があり、問題は少しずつ暮らしに迫っていた。そこに、このガソリン騒動が起きた。

 わが家では車を手放しているので実体がつかみにくいと思い、友人や知り合いにも話を聞いてみた。すると、どこも長蛇の列であきらめたという人もいれば、まったく何の問題もなくいつも通りに給油したという人もいて、経験は人それぞれ。ロンドン周辺だけでも場所やタイミングによってずいぶん違いがあったらしい。それにしても急に広がった今回の騒動では、救急車や病院、ケア施設関連の車両もガソリンが確保しにくくなり、健康や人命にも関わるおそれまで発生した。ロックダウン前に起きたトイレットペーパーのパニック買いよりずっと深刻な問題だ。

ガソリン - 1.jpeg

パニック買いだなんて、もしやマスコミがあおっているだけかも、と思ったので、近所のガソリンスタンドを2軒回ってみたら、なんとどちらも売り切れで閉まっていた! この写真を撮っている間にも、車が何台も敷地に入ってきては、給油スペースにテープが張られて入れないのを見て、すぐに出て行った。筆者撮影

 では、どうしてそんなにトラックの運転手が足りなくなってしまったのか。大きな理由には社会の構造やブレグジット(英国のEU離脱)、コロナ禍が考えられている。

 英国ではもともと、果物や野菜を収穫する季節労働や食品加工など、労働条件の厳しい仕事はEU出身者に頼っていた。大型トラックの運転もその仕事のひとつで、東ヨーロッパ出身のドライバーが多かった。

 先週、テレビで紹介されていた長距離ドライバーの生活を見たけれど、確かに厳しそうな仕事だった。シフトで働くことが多いので生活は不規則、日によっては午前2時に出勤なんていう日もある。移動が長距離になるほど家を空ける日が増えて、もちろん家族と過ごす時間は減ってしまう。一度出かけると家に1か月帰れないこともある。運転中は一人きりで話し相手もいないし、食事も偏りがち。定期的な休憩が法律で決められているとはいえ、車内で寝泊まりすることも多い。収入も厳しい労働条件に見合わない。だから英国人はあまりなりたがらず、特に若者には人気がないそうだ。

 それを見ていて思い出した。つい最近、トラック運転手だった人の話をじかに聞いたのだ。わが家にペンキ塗り替えにきてくれていた30歳前後の英国人の職人さんが、「最初はトラックの運転してたんだけど、子どもが生まれたから不規則な仕事は辞めたんだ。運転も食事もひとりで寂しいし」と話していたっけ。まさにどんぴしゃり。

 EUからほぼ全面離脱する今年1年に向けて、去年あたりからEUからの労働者がずいぶん英国から去っていた。自国との行き来も不便になるからだ。そのEUに戻った労働者の中に、大型トラックの運転手が約2万5000人いたそうだ。

 そして世界中を襲ったコロナウイルスのパンデミック。昨年のロックダウンで大型貨物車の運転免許試験が停止され、国内で新しいドライバーが増えていなかった(大型貨物車の運転には数か月の訓練も必要だ)。さらには、やはりブレグジットで今年からビザの取得条件が厳しくなり、EU圏から経験者を呼び戻すことも難しい。その結果、今では約10万人のドライバーが不足しているそうだ。10万人ってものすごい数だ。

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著者プロフィール
ラッシャー貴子

ロンドン在住15年目の英語翻訳者、英国旅行ライター。共訳書『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』、訳書『Why on Earth アイスランド縦断記』、翻訳協力『アメリカの大学生が学んでいる伝え方の教科書』、『英語はもっとイディオムで話そう』など。違う文化や人の暮らしに興味あり。世界中から人が集まるコスモポリタンなロンドンの風景や出会った人たち、英国らしさ、日本人として考えることなどを綴ります。

ブログ:ロンドン 2人暮らし

Twitter:@lonlonsmile

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