コラム

イラン核合意を巡る米欧交渉と国務省のジレンマ

2018年02月26日(月)16時15分

2015年ウィーンで行われたイラン核合意 Leonhard Foeger-REUTERS

<トランプ大統領はイラン核合意の見直しを主張しているが、国務省は自分たちですら納得していない実現不可能な提案を欧州各国と交渉するという逃げ場のないジレンマの中にある>

やや旧聞に属するが、1月12日にトランプ大統領が演説し、イラン核合意に基づく制裁解除を継続する大統領令には署名するが、議会と欧州各国がイラン核合意を修正しなければ120日後の大統領令の更新には署名しないと宣言した

昨年10月にはイランが核合意を履行していることを「認めない」とし、制裁を復活させるかどうかを議会に委ねるという宣言をしたばかり。結果的に議会はトランプ大統領の要求を無視し、全く何も行動を起こさなかったことで、心配されたイラン核合意の破棄は遠のいたように見えた。

しかし、1月の演説で改めてイラン核合意を修正することを議会だけでなく、欧州各国にも求めたことで、アメリカによる一方的なイラン核合意破棄の可能性が再び復活した。果たして、120日後の5月12日にトランプ大統領はどのような判断をするのであろうか。

全く乗り気でない欧州

トランプ大統領が核合意修正を行う交渉相手として選んだのは議会と欧州諸国である。欧州諸国といっても、とりわけ重要になるのはアメリカとともに核合意に署名した英仏独の三ヶ国であろう。これらの国々はイランとの経済的関係が深く、イラン核合意に基づく制裁解除によって大きな便益を受けている国々である。フランスは石油会社のトタルをはじめとしたイランに対する大規模投資に積極的な企業があり、イギリスも核合意の維持を公言し、2月22日からイランのアラグチ外務次官が訪問して議会で議員団と会談するなど、トランプ大統領の思惑とは全く関係なく、イランとの経済関係を強化しようとしている。

それに対して、イランは、もし核合意がイランに経済的便益をもたらさなければ、核合意を破棄すると脅迫めいた発言もしている。また、核合意が破棄されればイランは現在認められているウラン濃縮の水準を超える濃縮活動を再開するとし、その目的として原子力船の開発を挙げるといったことまで主張している

既にイランとの取引で経済的利益を追求している欧州各国としては、こうした状況を不安定化させるような核合意の修正に対しては全く積極的ではない。そもそも欧州各国、とりわけ英仏独は自らが核合意に署名し、この合意でイランの核開発は当面の間停止され、国際社会はより平和で安定したものになると認識しており、その合意に手を加えることで世界が再びイランの核開発を懸念しなければいけないことになることは全く求めていない。要するに、欧州各国はトランプ大統領が主張する、イラン核合意が「悪い取引(Bad Deal)」であり、修正しなければ破棄すべきものだという主張に全く共感していないし、理解もしていない。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、「ベネズエラへの一方的圧力に反対」 外相が電

ワールド

中国、海南島で自由貿易実験開始 中堅国並み1130

ワールド

米主要産油3州、第4四半期の石油・ガス生産量は横ば

ビジネス

今回会合での日銀利上げの可能性、高いと考えている=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 5
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story