パンダ外交の原点──1928年発、ルーズベルト兄弟が挑んだヒマラヤ探検【note限定公開記事】
THE AGE OF PANDA MANIA

KEVIN CARTER/GETTY IMAGES
<元米大統領の息子2人による100年前の冒険が、珍獣パンダを「政治的動物」に変えた>
昨年10月のある晴れた日、宝力(パオリー)と青宝(チンパオ)がワシントンのスミソニアン国立動物園に到着した。中国・四川省の故郷からフェデックスの国際貨物便による19時間の太平洋横断飛行でアメリカの土を踏んだ3歳のパンダ2頭は、今後10年間をここで過ごすことになる。
関係者はほっと胸をなで下ろしたはずだ。2023年11月に3頭のパンダが中国に返還されてから、同園では20数年ぶりにパンダ不在の状態が続いていた。貿易、テクノロジー、地政学をめぐる米中関係の緊張を考えれば、中国と新たなパンダの貸与協定を結ぶことは難しいと思われていた。この2頭のパンダの到着は、予想外の外交的成果だった。
中国は1940年代からパンダを友好の象徴と位置付けていた。当時は日中戦争への支援に対する感謝の印として、アメリカに子供のパンダ2頭を贈呈した。米中国交正常化の契機となった72年のリチャード・ニクソン米大統領の歴史的訪中後には、さらに2頭が贈られた。それ以来、野生のパンダが生息する唯一の国である中国は、カタールからロシアまで世界各国に60頭を超えるパンダを貸与してきた。
「パンダ外交」が重要な意味を持つようになった背景を探ると、ほぼ100年前に2人のアメリカ人探検家が挑んだ壮大な冒険に行き着く。
ジャーナリストのナタリア・ホルトが新著『雲の中の獣──幻のジャイアントパンダを探し求めるルーズベルト兄弟の決死の旅(The Beastin the Clouds)』で詳しく描いたように、中国南部を舞台にした危険な(そしてほぼ忘れ去られた)2人の探検は、かつて幻の動物と思われていたパンダの実在を証明し、世界的ブームのきっかけとなった。
1928年12月、セオドア・ルーズベルト元米大統領の6人の子供のうちの2人、テッドとカーミットがシカゴのフィールド自然史博物館の後援を得て中国への探検に出発した。旅の目的は、極めて希少な黒白のクマの毛皮を持ち帰り、名声を手に入れることだった。その時点で「地球上の全ての大型哺乳類が捕獲され、展示用に標本化されていたが、ただ1つ例外があった」と、ホルトは記す。パンダについてはほとんど何も知られていなかったので、ルーズベルト兄弟はどこから手を付ければいいのか分からなかった。そのクマがどこにすみ、何を食べ、どんな行動をするか、誰も知らなかった。
何とか父親の影から逃れようとしていた兄弟は、大型獣の狩猟への情熱で結束し、長い時間をかけてヒマラヤ山脈を縦断し、伝説と噂を追いかけた。当時の科学者は、その動物が本当にクマの仲間なら、雪と氷の世界に生息していないと決め付ける理由はないと考えていた。何しろパンダの毛の半分はホッキョクグマと同じ白なのだから。
ハンターや研究者は、非常に攻撃的な動物だろうとも予測していた。2色のクマの発見は「究極の挑戦」だったと、ホルトは書いている。「過去に誰も記録に残したことがない神出鬼没な大型哺乳類、ホッキョクグマと同様に危険でアメリカグマと同じくらい恐ろしい存在、その生息地は誰にも予測できない」
ホルトは手紙や探検日誌、インタビュー、そして兄弟の著書『ジャイアントパンダを追って(Trailingthe Giant Panda)』を参照しながら、兄弟の旅をより広い歴史的・政治的文脈から捉え直す。保護と狩猟に対する見方の変遷、過去1世紀における世界の生物多様性の急激な減少、そしてパンダ外交の登場......。
ただし、探検の旅そのものから大きく外れることはない。アヘン中毒に苦しむ山岳地帯の町から、半自治的なチベット王国を経て、中国の竹林での胸が締め付けられるクライマックスまで、ホルトはルーズベルト兄弟の苦難の旅を丹念に追う。
「神のような超自然的存在」
兄弟を大いに助けたのは現地ガイドたちの存在だった。彼らは「2人のはるか先を歩き、こぶしで雪を固めて道を作らなければならなかった」。最近の山岳探検ものの書物では、ポーターの貢献を評価しようとする例が目立つ。ホルトもガイドの過酷な労働に加え、兄弟の中国語通訳で後に自身も探検家となったジャック・ヤングの貢献に光を当てる。
それでも、特権階級出身の2人は高山病と極度の寒さに苦しめられた。危険な山賊や逃げ出すラバ、そして苦難続きのヒマラヤでパンダを1頭も発見できなかったことによる不安の高まりにも悩まされていた。
探検開始から約半年後、ルーズベルト兄弟はついに竹やぶにパンダを発見した。この事実は、100年前もパンダが珍しい存在だったことを浮き彫りにしている(現在、中国南西部に生息するパンダは2000頭もいないと考えられている)。
テッドとカーミットは道中、「村や山林で会った人たちに聞いて回った」と、ホルトは書いている。「誰もがいぶかしげな顔をした。そんな動物は見たことがないというのだ」
兄弟がパンダを発見して、撃ち殺すシーンは、ホルトの著書でもかなり後半に入ってからだ。世界中の国がパンダを借りたくて列を成している現在では、パンダを撃ち殺すなど考えられないことだが、当時も決して当たり前ではなかったとホルトは説明する。
ルーズベルト兄弟が遭遇したイ族の人々は、パンダに養蜂場を荒らされて困っていたものの、パンダの駆除は拒否した。ガイド兼通訳によると、彼らはパンダを「神のような超自然的存在」と見なしていて、人間に害を及ぼす動物として「恐れるべきではない」と考えていた。
クマを魔法的な動物や、姿を自在に変える妖怪と見なしたり、信仰の対象とする先住民はイ族だけではない。ペルーのアンデス山脈に住むケチュア族は、人間とクマの体を併せ持つ伝説の動物を神とあがめる。日本のアイヌ民族にも、クマを信仰の対象とする文化がある。ルーズベルト兄弟もすぐに、自分たちの間違いに気が付いた。
ルーズベルト兄弟の「後悔」
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【note限定公開記事】パンダ外交の原点──1928年発、ルーズベルト兄弟が挑んだヒマラヤ探検
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