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「売れ残り男」は3000万人に...なぜ中国人男性は結婚できないのか? 「外国人花嫁」を迎えるための人身売買も

CHINA’S BRIDE PROBLEM

2025年6月10日(火)14時41分
ミン・ガオ(スウェーデン・ルンド大学研究員)
中国人の家族

一人っ子政策と男児が好まれる文化の影響で男女比が著しく偏っている TONYV3112/SHUTTERSTCOK

<中国の未来は「剰男(売れ残り男)」の結婚問題にかかっている──人身売買に「お見合いツアー」詐欺まで、結婚できない男たちの実態>

中国の婚姻数が急激に減少している。2024年に結婚したカップルは610万組で、前年の770万組から2割減。これを受けて、科学者で中国人民政治協商会議(国政助言機関)の委員を務める陳松蹊(チェン・ソンシー)は、男性22歳、女性20歳の法定婚姻年齢を18歳に引き下げるよう提言した。

婚姻数減少の背景には、経済的負担の増加、結婚に対する社会の意識の変化、高学歴化などさまざまな要因が絡んでいる。


特に都市部の女性は、結婚・出産を人生に欠かせない節目と見なす伝統的な性的分業の価値観に反発を強めている。また、生活費の高騰も多くの若者にとって結婚のハードルを高める要因となっている。

並行して、中国は長年、一人っ子政策と男児が好まれる文化に起因する男女比の不均衡という課題も抱えている。偏りが最も顕著だった2000年代初頭、出生時の男女比は女子100人に対し、男子は121人に上った。

こうした不均衡は、特に1980年代生まれの世代で際立っている。筆者もこの世代に属するのだが、背景には80年代半ば以降、超音波技術の普及によって胎児の性別が分かるようになり、女児が人工妊娠中絶の対象にされやすくなったという事情がある。

結婚できない男性は「剰男(ションナン、売れ残り男)」と呼ばれ、その人数は2050年までに3000万に達すると推定される。

問題は、彼らの多くが結婚を望んでいるという点にある。筆者の小中学校時代の同級生にも、必死に婚活をしているのに、うまくいかない例が少なくない。

中国国内で配偶者を見つけられない男性の中には、外国人花嫁を「買う」ケースもある。特に農村部では外国人花嫁の需要が高まっており、人身売買によって近隣の東南アジア諸国から連れてこられた少女や女性との違法な婚姻が増加している。

国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは19年、ミャンマーから中国への女性の人身売買に関する報告書を発表。「両国間の国境の脆弱さと、両国の治安当局による対応の不備が、人身売買業者の活動を助長する環境を生み出している」と指摘した。

こうした事態を受け、中国政府も人身売買の取り締まりを強化する姿勢を打ち出している。昨年3月、中国公安部は女性と子供の越境人身売買の取り締まりキャンペーンを立ち上げ、根絶に向けた国際協力の拡充を呼びかけた。

越境結婚は非公式なネットワークや仲介業者が取り持つケースが多いが、いずれも中国当局によって違法とされている。

ヒューマン・ライツ・ウォッチによれば、近隣諸国の女性や少女たちは「中国で高収入の仕事がある」という仲介業者の言葉に引かれてやって来る。中国に到着すると仲介業者の管理下に置かれ、1人当たり3000~1万3000ドルで中国人男性に売られるという。

「お見合いツアー」詐欺が横行

違法な越境結婚は極秘裏に手配されるため、実態を正確に把握するのは困難だ。だが英内務省の最新データによれば、ベトナム人の人身売買被害者の75%が中国に送られており、女性が90%を占める。

数々の賞を受賞した22年のドキュメンタリー映画『ミャンマー出身の女(The Woman from Myanmar)』は、人身売買の犠牲となった多くの外国人花嫁が直面する過酷な現実を描き出した作品だ。

ドキュメンタリー映画『ミャンマー出身の女』予告編


この映画は、被害者が受ける抑圧や虐待だけでなく、女性が「商品」扱いされるシステムの中でも自分を見失うことなく、生き延びようともがく人々の闘いを捉えている。作品に登場する女性ラリーは、自らの「出産能力」が生き残る切り札だと認識していたと語っている。

外国人花嫁をめぐってはさまざまな詐欺も横行しており、当局が警鐘を鳴らしている。

昨年11月には、結婚相手を探している中国人男性を狙った詐欺の容疑で、2人が起訴された。被害男性たちは「手頃な価格」で結婚相手に出会えるといううたい文句に釣られて、極めて高額な「お見合いツアー」に申し込んでいた。

一方で、外国人花嫁が結婚の成立前に多額の金を持ち逃げする例も報告されている。

中国の結婚危機は、同国の今後の人口動態に多大な影響を及ぼしかねない。人口減少と高齢化は、中国の経済成長と社会の安定を阻む最大の課題といわれている。

ただし、政府はこうした見方を否定し、絶え間ない技術革新によって今後も経済成長を維持できると主張している。

労働力が経済成長にとって重要であることは疑いようがない。しかし、政府に経済政策の助言を行ってきた経済学者の林毅夫(リン・イーフー)は、より重要なのは実質的な労働力、つまり労働力の量と質だと指摘している。

中国は、迫りくる高齢化社会への備えとして近年、教育分野への投資を継続的に強化している。しかし、結婚できない男性の大量発生はそれ以上に深刻な懸念材料であり、社会の安定を脅かす重大なリスクとなり得る。

インドも中国と同様に、男女比の不均衡が顕著な国だ。どちらの国でも、男性比率が高まるほど犯罪率も高まるという相関関係が研究によって確認されている。

中国では、90年代半ば以降の犯罪増加のうち、およそ14%が男女比の男性過多に起因しているとの研究結果がある。インドでも、男性比率が5.5ポイント上昇すると、未婚女性がハラスメントに遭う確率が20%以上高まると予測されている。

中国にとって「剰男」の結婚問題は喫緊の課題だ。今後何十年にもわたる中国の未来は、この問題への政府の対応に懸かっている。

The Conversation

Ming Gao, Research Scholar of East Asia Studies in History Division, Lund University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


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