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トランプが始めた、アメリカ民主主義を作り変える大実験の行方

A Trump's Experiment

2025年4月11日(金)09時24分
江藤洋一(弁護士)

トランプ政権と中国王朝の類似性

100年前、世界が一つの潮流に押し流されそうになった。その名を「ファシズム」という。ドイツ、イタリアそれにわが国だけではない。ヨーロッパ諸国やアメリカまでもその影響を被った。しかし、ドイツやイタリアのようにそのファシズムに飛び乗った国もあれば、アメリカやフランスのように政治的議論と抗争の末思いとどまり潮流を押し返した国もある。

まるでかつての世界の潮流を真似でもするように、今世界中に小トランプ諸氏が目立ち始めた。彼らがヒトラーやムッソリーニと同じ運命をたどるかどうか誰にも分かっていない。分からないのは私たちが歴史に学ばない愚者だからではなく、それだけ民主主義が苦しんでいると考えるしかない。

数の暴力を衆愚政というつもりはない。ある政治のあり方を「衆愚政」と呼ぶとき、そう呼んだあなたは衆愚の一人か否かが真っ先に問われる。この問いに対し、必ずしも否定はできないと謙虚に応える人によって、民主主義は健全に成り立っている、と筆者は考える。「私は衆愚の1人ではない、もっと賢い」と思ったとたんに、その人の愚かさが垣間見えることがある。賢愚が入り混じることも、多様性のひとつとして受け入れることに、現代の民主主義の意味と困難が胚胎する。

断っておくが、賢者と愚者が入り混じる(ことがあるにしても)、単にそれだけのことを言っているのではない、賢者の愚かさと愚者の知恵も入り混じる。

そもそも何を基準にして賢愚を分けるのか先験的に決められることではない。私たちの才能や才覚自体がその有無、程度も含めて多元的かつ多様だ、ということが民主主義を豊かに、かつ難しくする。民主主義と衆愚政は明確な境目なしに繋がっている。しかも、仮に衆愚政と評される実態があるにしても、それは事後的にしか判断できない。従って、私たちが今なすことは衆愚政の実態把握のための対象化ではなく、そうなってはならないひとつの警句として「衆愚政のおそれ」に対し健全な感度を持つことではなかろうか。

トランプ氏は、どうやら民主主義そのものの当否を実験している。トランプ氏は情報の真実性に無頓着、無反応、それどころかフェイクを好む。情報の真実性こそ、民主主義の基礎にあり民主主義を支える。ところが、トランプ氏はその真実性を軽々と飛び越えてみせる。多かれ少なかれ、権力者はこうした傾向を持つが、トランプ氏はそれがやけに際立つ。

この傾向を極限まで推し進めた国と王朝がある。中国だ。歴代の王朝は倒した前王朝の歴史を書く。権力者の特権だ。トランプ氏もこの様な特権を求めているように見受ける。前大統領のバイデン氏を口汚く罵る様子は、中国歴代王朝が前王朝の失政をなじる様子によく似ている。中国は共産党時代も含めて独裁的な専制国家、それに対しアメリカは自由な民主主義国家という対比は通念として間違っていないと思うが、情報や事実の真実性の軽視ないし無視という点で、現在の両者は接近してくる。

中国の人も国もある種の誇張を好む。白髪三千丈、30万人の南京大虐殺などだ。中国の人々にとって誇張はある種の美学でもあるらしい。トランプ氏の言動とディールはどう見ても美学を感じさせないが、ある種の誇張は感じさせ、しかも自己陶酔しているように映る。なぜ自己陶酔できるかといえば、それは支持者が拍手喝采するからだ。なぜ支持者が拍手喝采するかといえば、それはトランプ氏が支持者に媚びているからだ。そこに、言説の真実性に対する誠実さは感じられないし、意図的に軽視しているのではないかとも疑われる。

こうした彼の言動を、細事をものともせぬ大局観の現れと持ち上げる人もいる。大局観の有無にかかわらず、彼の言動のファクトチェックは欠かせない。それは彼の道徳的資質のみならず、政策の当否の判断に不可欠だ。何度も言うが、政治的指導者の言説は、それが事実に関するものであるならその真実性は最も重要な要素だ。

選挙があるから民主主義なのではない。情報の真実性が伴って初めて真の民主主義といえる。情報の真偽は机上の論理としては二者択一だが、現実社会においては、真実に限りなく接近するという姿勢が求められる。それは1つの過程だ。その過程を尊重することによって民主主義は護られる。トランプ氏が,選挙が盗まれたと扇動し支持者が連邦議会を襲撃した時、筆者は国会議事堂の放火事件を共産党に仕業に擦り付けたナチスの扇動を連想してしまった。

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