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トランプが始めた、アメリカ民主主義を作り変える大実験の行方

A Trump's Experiment

2025年4月11日(金)09時24分
江藤洋一(弁護士)

民主主義の土俵を造り変える

アメリカが分断されている、という。しかし、意見が異なることはアメリカが最も尊重する自由のお陰だ。分断であれ何であれ、それをまとめ上げるのが「熟議の民主主義」というものだろう。分断によりアメリカの民主主義が機能不全に陥っているというなら、あえて言わせてもらう、それはアメリカの問題であって、民主主義の問題ではない。筆者は、民主主義のことを尊重し擁護すべき法文化、政治文化だと考えているが、その理由は、民主主義が公共的結論に至る最も公平妥当な手続き(それはその余の民主主義の様々なコストを上回る価値だ)というにとどまらず、民主主義というシステムが最も人権を擁護するに適した制度だからだ。

民主主義を人権に関連付けるのではなく、権力の論理として、権力をめぐるゲーム(パワーゲーム)としてしか見ていない人がいる。ロールプレイングとしてみるなら、そのようなプレーヤーの存在は避けられない。だが、そのプレーヤーを抑制する役割を演じるプレーヤーがいなければ、民主主義は数の暴力が横行する専制に堕してしまう。そのためにこそ表現の自由は存在する。フェイクをばら撒くことが無条件に表現の自由なのではない。限界をこえたフェイクをSNSの場から退場させること(あるいはそのような手続きを整備すること)は、表現の自由の侵害というより、むしろ社会の保全のみならずフェイクによる被害救済のために必要不可欠だ。柔軟性を維持したうえでなおかつ公正妥当な制度が、表現の自由に必要最小限の制約を課すことができる、と考えるのは筆者だけであるまい。

アメリカが世界の警察官の役割を返上したことが残念なのではない。そうではなく、民主主義の先頭ランナーであることを止めたことこそ残念だ。これはアメリカの意図しない、周囲の受け止め方の変化によってもたらされたものらしい。トクヴィルが生きていたら、今のアメリカをどう見ただろうか。

フェイクが渦巻き情報の真実性を軽視する社会が、同時に健全な民主主義社会であることは難しい。潮が引くように音もなく、アメリカの民主主義に対する期待と信頼が失われていく。この引き潮は、核兵器の抑止力や通常兵器の均衡の推移以上に、長期的には、アメリカのみならずこの世界全体に大きな影響を与えるかもしれない。アメリカはありきたりの普通の国を目指しているのだろうか。どのような国も、政治的指導者が「自国ファースト」を考えるのは普通のことだが、それを、口角泡を飛ばして声高にしゃべることは普通のことではない。

それでも、筆者がアメリカに期待を寄せる理由は、GAFAでもAIでもテスラでもない。アメリカ社会全体が持つ、言わば実験力のようなものだ。とにかくアメリカは実験的だ。失敗を恐れずに、時として無謀と言われるほど実験的に挑戦をする。実は今現在も、トランプ氏という稀有なロールプレイヤーを通じて実験をしているのかもしれない。実験には意図せざる結果が伴うものだが、その「実験」はLGBTQの人々の人権の範囲、中絶の可否、フェイクニュースの取扱い、核の先制不使用の当否、銃器の規制のあり方、移民の許容範囲、死刑のあり方とその執行方法、発展途上国に対する資金援助、公的保険制度、AI規制、隠れた人種差別に対する規制と黙認、構造的な貧困の問題、巨額の防衛予算、世界中の反米勢力に対する諜報と対応、小さな政府を目指すための公務員の解雇......など、枚挙にいとまがない。

以上のテーマは、そのほとんどが基本的に多かれ少なかれ民主的意思決定の過程を経て結論に至るものだ。民主主義というシステム内の実験だ。例えは悪いが、民主主義という土俵の上でとる相撲の中身だ。だが、アメリカは、面白いことにその民主主義そのものを実験しているように見える。つまり、民主主議の土俵を造り変えようとしている、あるいはその土俵を壊そうとしている。

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