最新記事
アメリカ経済

トランプとメキシコとの対立は「中国の漁夫の利」...「アメリカ・ファースト」のオウンゴールとは?

TRUMP’S WAR ON MEXICO

2025年1月15日(水)14時38分
スコット・モーゲンスターン(ピッツバーグ大学教授)
クラウディア・シェインバウム大統領

トランプの挑発にメキシコのクラウディア・シェインバウム大統領はどう反撃? PRESIDENCIA DE MEXICOーREUTERS

<脅しとディールの落とし穴、「アメリカ・ファースト」がアメリカ経済の首を絞めてしまう理由について>

ドナルド・トランプ次期米大統領は「アメリカ・ファースト」をさらに強化する意欲を見せており、メキシコは確実にその矛先となりそうだ。

トランプの政策がメキシコにもたらす脅威は主に3つある。1つ目は不法移民の強制送還だ。送還された自国民の受け入れは、メキシコの経済と社会に多大な負担となるだろう。2つ目は関税の大幅な引き上げで、メキシコ経済の要である輸出部門が大打撃を受けかねない。


3つ目は、米軍をメキシコ国内で展開して麻薬密売組織と対峙すると言い出していることだ。これはメキシコの主権を侵害し、国境の両側でさらなる暴力を生む恐れがある。

メキシコの対抗手段は、麻薬と移民問題における協力関係を解消し、メキシコからも関税を課すことだ。国内で米企業を長年、優遇してきた税制や労働関連の措置を一部、撤回することも考えられる。

トランプは昨年11月の大統領選当選後、メキシコとカナダから薬物などの流入が止まるまで、両国からの全ての輸入品に25%の関税を課すと宣言した。これにはメキシコの安価な労働力を利用している企業をアメリカに引き戻す狙いもあるが、メキシコ市場に依存している米企業への影響を無視している。

まず、報復関税合戦は両国の消費者にインフレをもたらし、北米市場の統合が混乱するだろう。NAFTA(北米自由貿易協定)とトランプ前政権が主導したUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)により関税が撤廃され、北米の市場と生産は相互のつながりを深めてきた。メキシコの投資障壁は大幅に軽減され、米企業は農業やエネルギーなどの分野に積極的に投資できるようになった。

中国製品の排除が不要に

協定を破棄すれば、次の投資を米国内に向けさせることができるかもしれない。しかし、メキシコが関税や事業税、投資制限で対抗した場合、既にメキシコ国内にある農場や工場はどうなるだろうか。

国境と移民の問題については、メキシコ政府は南部国境の警備に多大な資源を投じており、アメリカを目指して北部の都市に集まる人々の対応にも力を入れている。こうした取り組みと引き換えに、アメリカにさらなる支援を要求できるだろう。

トランプの主張を聞く限り、メキシコの主権にはあまり関心がなさそうだ。麻薬密売組織に対抗するためにメキシコ国内で米軍を展開するという提案は、明らかにメキシコを激怒させるだろう。

両国の関係悪化から利益を得そうなのが中国だ。中国はメキシコを含むほぼ全ての中南米諸国にとって、第1位か2位の貿易相手国である。NAFTAやUSMCAの原産地規則は、メキシコの中国からの輸入の伸びをいくらか抑制してきた。

アメリカとの貿易戦争が勃発すれば、メキシコが中国製品を排除するインセンティブは弱まる。関税や敵対的な発言によりアメリカの門戸が狭まれば、メキシコ企業にとって、中国の自動車部品や金融サービスはこれまで以上に魅力的に映るだろう。

つまり、トランプが脅しを実行して新たな貿易戦争が起きれば、中国にとって新たな好機が生まれるのだ。

The Conversation

Scott Morgenstern, Professor of Political Science, University of Pittsburgh

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


ニューズウィーク日本版 高市早苗研究
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月4日/11日号(10月28日発売)は「高市早苗研究」特集。課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら



あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米10月ISM非製造業指数、52.4と8カ月ぶり高

ビジネス

米BofA、利益率16─18%に 投資家に中期目標

ワールド

トランプ関税の合憲性、米最高裁が口頭弁論開始 結果

ビジネス

FRB現行政策「過度に引き締め的」、景気にリスク=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    カナダ、インドからの留学申請74%を却下...大幅上昇の理由とは?
  • 4
    もはや大卒に何の意味が? 借金して大学を出ても「商…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 7
    若いホホジロザメを捕食する「シャークハンター」シ…
  • 8
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 9
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中