最新記事
中国

反日投稿を大量削除「ナショナリズム」を焚き付けない当局の本音と日本人を守って死亡した中国人女性の実像

Net-Spurred Tragedy

2024年7月8日(月)17時47分
ジェームズ・パーマー(フォーリン・ポリシー誌副編集長)
反日投稿を大量削除「超国家主義者」を焚き付けない中国政府の思惑とは?

政府もネットも胡友平の勇敢な行為をたたえている(天津テレビ塔のライトアップ) VCG/AFLO

<バス襲撃の動機は不明のまま...中国政府が悲劇的な事件を沈静化したい背景には経済の低迷と安定優先がある。日本人をかばって亡くなった胡さんの人生と素顔を追った>

6月24日、江蘇省蘇州市で日本人学校のスクールバスが刃物を持った男に襲われ、日本人の母子が負傷。バスの案内係の中国人女性、胡友平(フー・ヨウピン、54)が男を阻止しようとして刺され、2日後に死亡した。

胡の死に中国国内で追悼の声が湧き起こり、一方で、ネット上では超国家主義や反日感情を助長する内容の規制が始まった。検閲当局は大量の投稿を削除し、国家主義者のアカウント数十件が凍結されて、大手IT企業は「極端なナショナリズム」とヘイトスピーチを非難した。


中国政府と超国家主義、特に日本に向けられた超国家主義との関係は、昔から複雑だ。

1919年5月4日、中国のドイツ租借地の権益が日本に引き渡されることに抗議して、学生を中心に数千人が北京の天安門広場に集まった。抗議デモは、革命的感情と日本の植民地主義への激しい反発が入り交じった愛国運動(五四運動)に発展した。

近年、中国政府は超国家主義を戦略的に利用している。2012年に尖閣諸島(中国名・釣魚島)をめぐり日本と激しく対立した際は、主要都市で大規模な反日デモが発生。日本車を燃やし、日系企業を破壊するなど一部が暴徒化したが、事実上野放しにされ、数日後にようやく各地の当局が取り締まった。

対応が後手に回るときもある。05年に歴史問題などをきっかけにネット上で日本への怒りが過熱し、各地で反日デモが拡大した。警察が大々的に出動して沈静化するまで、人々は怒りを爆発させた。

しかし、今回は異なる。中国と日本の間には常に緊張が渦巻いているが、現在進行形の対立はない。国民の反日感情が特に高まっているわけでもなく、バス襲撃の動機は不明のままだ。

今回の中国政府の反応は、論争の火種を刺激するのではなく、経済の低迷と闘いながら平穏と安定を模索していることを示している。フィリピンと続く海上での衝突さえ、新たな対話につながりつつある。

とはいえ、胡の犠牲がもたらした道徳的効果は、国家主義者の感情を鎮める大きな力になった。彼女はネットで英雄となり、国民からも政府からもたたえられている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウクライナへの外国軍派遣は容認できず=ロシア外務省

ワールド

IAEA、イランと核施設査察再開で週内合意目指し協

ワールド

インドネシア、運転手死亡に関与の警官解雇 デモは各

ワールド

アフガン地震、救助活動へ特殊部隊動員 国連は食料不
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 5
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 6
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 8
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 9
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中